賀曽利隆の観文研時代

 20歳でアフリカを一周し、日本に帰ってきた賀曽利隆のその後の人生に多大なる影響を及ぼしたのが、生涯、日本をフィールドワークし続けた民俗学者、宮本常一氏との出会いだった。賀曽利はやがて、宮本常一氏が所長を務める「観文研(観光文化研究所)」の所員となり、日本中を駆け回る。生涯旅人を貫く賀曽利の強い想いが培われた、観文研時代を賀曽利が語る。

[01]20歳の旅立ち
[02]「偉大なる旅人、宮本常一」誕生の10ヵ条 
[03]第1回目の「聖地巡礼」 
[04]第2回目の「聖地巡礼」
[05]「聖地巡礼」は続く
[06]宮本先生とアサ子さん
[07]宮本先生が亡くなってからの観文研
[08]先生の故郷でのフィールド調査
[09]奇跡の再会
[10]ー[12]東米良の「焼畑」
[13]ー[15]下北半島・佐井の「食」
[16]『あるくみるきく』
[17]「雑穀」の村、山梨県西原
[18]『忘れられた日本人』
[19]ー[27]韓国食べ歩き紀行
[28]全3巻の『世界の食文化』
[29]全12巻の『日本人の生活と文化』
[30]『海を渡った日本の焼きもの』
[31]郷土料理の食べ歩き
[32]福田晴子さんの本
[33]ー[48]常願寺川
[49]ー[52]常願寺川 滑川のホタルイカ
[53]ー[58]常願寺川 立山登山
[59]ー[71]下関 1976年
[72]ー[76]下関 1985年
[77]ー[79]信州伊那谷の馬肉・川魚・昆虫
[80]ー[83]岡崎の八丁みそ
[84]ー魚沼の鮭と鮎と山菜料理