賀曽利隆の観文研時代[84]

「魚沼の鮭と鮎と山菜料理」(1)

 魚沼の小出町(現魚沼市)は日本有数の豪雪地帯として知られているが、越後三山の駒ヶ岳(2003m)、中ノ岳(2085m)、八海山(1775m)が連なり、上越国境の谷川連峰を源とする魚野川が流れるといった風光明媚なところである。

魚野川越しに越後三山を見る
魚野川越しに越後三山を見る

 魚野川は信濃川最大の支流で、越後山脈と魚沼丘陵の間の盆地を貫流し、越後平野が間近になる越後川口で本流の信濃川に合流する。魚野川の両側には水田が広がり、畦にはハンノキが植えられている。

 秋、稲の刈り入れが終わると、このハンノキを使う。稲穂を干すための稲架(はさ)として利用されるのだ。ハンノキとハンノキの間に丸太を何段にも渡し、そこに束ねた稲穂を振り分けて掛け、干すのである。魚沼では稲架のことを「ハッテ」と呼んでいる。ハッテで稲穂を干している光景は、この地方の風物詩になっている。

 魚野川には秋になると鮭がのぼってくるが、それを一括して魚沼漁協が採捕している。

魚野川の鮭の一括採捕場
魚野川の鮭の一括採捕場

 小出町の伊勢島にその採捕場がある。魚野川の川幅いっぱいに簀を張り、その間に2ヵ所、鮭の登り口をつくる。そこを通ってのぼろうとする鮭をそのまま鉄製の生簀の中に入れる仕掛けになっている。それを細身の川舟に乗ってとりにいく。

 オスは小川を利用した生簀に放ち、メスはすぐさま腹を開いて卵をとり出し、ふ化場でふ化させる。そして翌春、稚魚を放つのである。

 信濃川は新潟県内の河川の中では、一番、鮭がとれる。昭和59年には8604匹がとれた。三面川が6518匹、名立川が4344匹、桑取川が3476匹、阿賀野川が3066匹でそれにつづく。信濃川の8604匹の中でも、魚野川は4832匹と半数以上を占めている。

魚野川でとれた鮭
魚野川でとれた鮭

 魚野川でとれる鮭は日本海から100キロ以上もさかのぼってきた鮭である。川をのぼってくる間に脂分が落ち、淡白な味覚の鮭になる。そのような川魚風の鮭を好む人が多く、一括採捕場で鮭をとる季節になると、鮭を買い求めにやってくる人が後を絶たない。

 魚野川の鮭は昭和51年までは、鮭をとる権利を持っている人が「マチカワ」という漁法でとっていた。

 マチカワは図のようなもので、川岸から5、6メートルぐらいの間に杭を何本か打ち、その杭の上流側に高さ60センチ、長さが120センチほどの鉄製の簀を5枚張り、さらにその先端から下流方向にもう1枚、鉤形にして張る。

マチカワの図
マチカワの図

 2本の杭にメッパリと呼ぶしなる棒をくくりつけ、そこから糸を引っ張り、網と結ぶ。

 網は口の広さが180センチほどで、口の両側にケット棒を立てる。ケット棒は竹製で、その下部を割って石をはさみ、網を口の開いた状態で固定させる。

 マチカワは鮭が川岸の近くをさかのぼってくる習性を利用したもの。

 のぼってきた鮭は簀に行く手をはばまれ、戻ろうとする時に、網の中に入ってしまう。網の中で暴れるのでケット棒が倒れ、網は口の閉まった状態で流れ、メッパリは大きくしなる。

 2本のメッパリの間にもう1本、棒を杭にくくりつけ、棒と網を糸で結んでいるいるが、マチカワ小屋の鳴子にもつながっているので、鮭が網にかかると鳴子が鳴るような仕掛けになっている。

 マチカワ漁の権利を持っている人たちはマチカワ小屋に泊まり込み、鳴子が鳴ると、夜中でもすばやくタモ網を持って外に飛び出していく。鮭の入った網をたぐり寄せると、網の中からタモ網で鮭をすくいとる。

 魚野川河畔の虫野は旧伊米ヶ崎村の役場所在地で、戸数は130戸ほど。ここでは13軒の家がマチカワの株(権利)を持っていた。

 マチカワ漁が最後になってしまった昭和51年、虫野の関俊策さんは漁期の間、24匹の鮭をとっている。その記録を見せてもらった(カナはオスで、メナがメス。大中小は鮭の大きさである)

10月9日   カナ 小1
10月13日  カナ 中2
        メナ 中1
10月14日  カナ 中1
        カナ 小1
10月15日  カナ 小1
        メナ 中1
10月17日  カナ 小1
10月19日  カナ 小1
10月20日  メナ 中1
10月23日  メナ 中1

10月24日  カナ 中1
10月26日  メナ 中1
10月27日  メナ 中1
11月1日   カナ 中1
11月7日   メナ 大1
11月13日  メナ 大1
11月17日  カナ 中1
        メナ 中2
11月18日  カナ 特大1
          (7キロ)
11月26日  カナ 中1

 11月の末日にはマチカワ小屋を撤去し、12月に入ってからマチカワをとり外した。

 旧伊米ヶ崎村には虫野3、伊勢島3、十日町3、岡新田2と、全部で11ヵ所のマチカワ漁のできる場所があったとのことだが、それぞれの集落内ではマチカワ漁の始まる前に、マチカワ割をおこなったという。

 とった鮭は塩をふって、寒いところにつるしておく。メスの場合だと、ヨノコと呼ぶ卵をとり出し、塩をして保存する。

 暮れから正月にかけて、鮭は欠かせない。

 まずは大晦日だが、その日に食べる年取魚は塩鮭だ。ひと仕事終えたあとの昼食に、各人がひと切れずつの塩鮭を食べる。鮭のあらを芯にしたこぶ巻も食べる。

 元日は干し柿とゆで栗の「歯がため」を食べたあと、雑煮とあんこ餅を食べる。

 鮭は雑煮にはなくてはならないものだ。雑煮のだしには鮭のあらを使われる。雑煮の具にも鮭の切り身を入れる。そのほかダイコンやニンジン、ズイキ、かんぴょうを入れる。サトイモを入れる家もある。

 餅は切餅で、焼いて湯に通した餅を入れ、その上からヨノコをちらす。味つけは醤油。正月にかぎらず、ハレの日の料理は醤油味で、それに対して味噌はふだんの日に使うもの。それだけ醤油は貴重なものだった。あんこ餅は、雑煮と同じように焼いて湯に通した餅にあんこをつけたものである。