賀曽利隆の観文研時代[112]

賀曽利食文化研究所(1)奥会津編

『ツーリングGO!GO!』(三栄書房発行)2002年8月号所収

 


 前回は『月刊市政』(全国市長会発行)での「日本の郷土料理を訪ねて」の連載一覧を見てもらったが、その後、バイク誌『ツーリングGO!GO!』(三栄発行)で「賀曽利食文化研究所」の連載を開始した。取材には毎回、カメラマンの平島格さんが同行してくた。記念すべき第1回目は2002年8月号の「奥会津編」だ。

序論

「現地食主義」のカソリ、それぞれの土地に根づいたものを食べながらバイクで世界中を旅してきた。日本でも海外でも、ツーリングのおもしろさは「土地のものを食べる」ことに尽きると思っている。

 アフリカでは主食の雑穀、イモ類の餅状のものをみなさんと同じように手づかみで食べた。

「ユーラシア大陸横断」ではパンからナン、チャパティと移り変わっていくパンの変化を自分の舌で体験した。

 南米、インディオの村では生きたアリ入りのスープで元気が出た。

 日本でも郷土料理を食べ歩いている。

 世界中のどんなものでも平気で食べられる「鉄壁の胃袋」がカソリの最大の武器だ。

「現地食主義」の良さは、目で見たり、話を聞いたりするのと同じように、食べ物を通してその土地が見えてくることだ。その土地に根づいた「食」には、伝統的な文化が凝縮されているので、食べることによって地域性の違いを見ることができるし、それを見ることが旅の最大の楽しみといっていい。

調査

 冬、栃木県の今市から会津西街道の国道121号を北上し、山王峠を越えたときは、
「おー、これが奥会津か!」
 と、奥会津らしさを見ることができてよかった。

 関東平野は雲ひとつない抜けるような青空なのに、山間の川治温泉あたりまで来ると、前方には鉛色の雪雲が広がった。関東と東北を分ける帝釈山脈の山王峠(栃木・福島県境の峠)のトンネルを抜け、奥会津に入ったとたんに雪が激しく降りしきり、あたりは一面の雪景色に変わった。奥会津は日本有数の豪雪地帯。

 雪が奥会津を奥会津らしくしているし、今回の目的の山菜も銘酒も、すべてこの雪のおかげなのである。

 奥会津調査行の拠点は木賊温泉の「若松屋」。ぼくはここには何度か泊まっている。美人女将の橘えみ子さんが我が先生だ。

「山菜」の前にまずは「酒」。

 奥会津は銘酒の産地として知られているが、「若松屋」で出る酒はいつも「花泉」に決まっている。これがうまい。さわやかなクセのない味で、クイクイといくらでも飲めてしまう。気がつくと、足腰が立たないくらいに飲んでいることが度々なのだ。

 相棒のDJEBEL250GPSを走らせ、南郷村の花泉酒造を訪ねた。突然の訪問にもかかわらず、快く工場内を案内してもらった。このあたりにも、奥会津の人たちのやさしさがにじみ出ている。

 清酒は米と米糀、それと水から造られる。「花泉」の原料となる米は地元、奥会津の南郷産。水の豊かな山間の米の方が平野の米よりもはるかに味がいい。水は酒造所から4キロほど離れた豪雪の峠、鳥居峠の「高清水」を使っている。雪は天然のダム。そのおかげで「高清水」は一年中、枯れることなく、こんこんと湧き出ている。清水の周辺はひめさゆりの群生地で、「高清水自然公園」になっている。この奥会津の清らかな水が「花泉」の主原料なのだ。

 木賊温泉に戻ると、西根川の渓流沿いにある混浴露天風呂の岩風呂に入る。

 西根川は渓流釣りには絶好。イワナがよく釣れる。湯から上がり、岩風呂の前の「若松屋」に戻ると、夕食が用意されていた。

 山菜料理の前に「骨酒」が出た。これが絶品!

 燗をした「花泉」が大きな器になみなみとつがれ、その中に飴色にこんがりと焼かれた西根川のイワナが入っている。器を手に持ち、顔を近づけると酒の香りとイワナの香りが混ざり合った「骨酒」特有の香がほのかに漂ってくる。これが「骨酒」の命。繊細だ。器に口をつけ、一口飲んだときの気分はたまらない。

 天然イワナの持つ上品な淡白な脂分がうっすらと浮かび、うまみ分のしみ出た「花泉」は、ひと味もふた味も違う酒に変身している。

「う〜ん!」

 これぞまさしく「日本の食文化」。

 熱燗をした酒に焼いた川魚を浸して飲む発想がすごい。

 ぼくは六大陸を旅する中で世界各地の酒も飲んできだが、焼いた魚を浸して飲む酒には一度として出会っていない。「骨酒」はまさに日本独特のものといっていい。

 燻製にしたイワナをこんがりと焼いているので、飴色のイワナは最後まで形が崩れない。「骨酒」は銘酒と渓流魚を代表するイワナの両者があってはじめてできるものなので、その意味でもきわめて奥会津らしいといえる。

「骨酒」のあとは山菜料理。ワラビとエラのおひたし、コゴミの白あえ、ゼンマイとウドの炒め物、フキとネマガリの煮物、フキノトウの酢の物、マヨネーズをつけたシドキと、夕餉の膳に山菜料理が並ぶ。

 さらにフキノトウ、タラノメ、シドキなどのてんぷら、ウルイ、エラ、シドキ、ネマガリなどの入った「山菜鍋」と山菜料理が出る。

 山菜三昧の夕食だ。山菜だけで、「ここまで多彩な料理がつくれるのか!」と、感動してしまう。

 夕食にはこれら山菜料理のほかに、刺し身、塩焼き、甘露煮の3種のイワナ料理、堅豆腐、馬刺し、茶碗蒸しが出た。それにマイタケご飯とウルイの味噌汁、名産の舘岩そばがついた。

 夕食後、「若松屋」のご主人にいろいろと話を聞いた。

 奥会津の山々を知りつくしている方で、イワナ釣りの名人。なおかつキノコ狩りの名人でもある。マイタケのよく採れる場所はたとえ息子にでさえ教えないものだという。それが山の掟か。

 奥会津での山菜採りはコゴミにはじまり、エラ、タラノメ、そしてゼンマイ、ワラビ、ウドとつづき、最後がフキになる。フキをとる解禁日は決まっていて6月1日だという。

 何種もある山菜の中で、各人、それぞれに好みがあり、ご主人はシコシコッとした歯ごたえのあるエラが一番好きだという。

 朝食には、えみ子さんが一番好きだという山菜料理のウドのジュウネンあえが出た。

 ジュウネンとはエゴマのこと。そのほか味噌につけるヤマゴボウとヒル(ノビル)、フキとネマガリの煮物、細かく刻んだショウガとニンジンをちらしたワラビなどが出た。味噌汁もエラ。焼いた塩ジャケが唯一の山菜料理以外のものだった。

 朝食後、えみ子さんの車に乗せてもらって、一緒に山菜採りに連れていってもらった。

 雪が消えてまもない奥会津の山々は、まさに山菜採りの季節で、帝釈山脈の峠を越えてやってくる栃木県ナンバーの車を多く見かけた。その大半が山菜採りの車だという。雪のほとんど降らない関東側の山菜は、豪雪地帯の奥会津のものと比べると固く、苦みがきつく、味が落ちる。

 それだから栃木県側の人たちは無理をしてでも、峠を越えて奥会津に山菜採りにやってくる。山菜は雪国のものに限る。降り積もった雪が消えたあとから出てくる山菜はやわらかく、太く、大きく、ほどよい苦みがあってアクもそうきつくない。山菜が食用になるかどうかのポイントがここにある。

 驚かされてしまうのは、えみ子さんのカンのよさ。動物的といってもいい。車を運転しながら「あ、あそこにワラビが、ウルイが、ウドが」といった言葉が次々に口をついて出る。新緑の奥会津の山々にはいろいろな植物が芽吹き、混じり合っている。それなのにどうしてと、思ってしまう。

「私、車を運転していても、食べられるものだけに目がいくんです」
 というえみ子さん。

 山菜にはゼンマイにしてもウドやウルイにしても、似た種類が数多くある。間違ってそれらのニセ山菜を食べると、腹痛や中毒を起こすこともある。えみ子さんの目には、それらニセ山菜はまったく入らないという。これはまさに子供のころから奥会津の山々で山菜を採りつづけてきた人の技だ。

 えみ子さんが小学生のころは、学校で「ワラビ採り競争」をよくやったという。どれだけのワラビを採るかを競うのだが、それを今、小学生の娘さんがやっている。母の技は確実に娘へと伝わっていく。これが文化だ!

結論

 会津盆地を中心にして四方八方を山々に囲まれた会津は、いわば独立国のようなもの。

 会津は北は吾妻連峰から飯豊連峰、東は奥羽山脈、西は越後山脈、南は帝釈山脈と、周囲を取り囲む山々の稜線を境にして、1本の線ではっきりと他地方と分けられている。

 独立国、「会津」に降る雨は一滴残らず東の阿賀川、西の只見川の流れとなり、合流し阿賀野川となって新潟平野に流れ出ていく。川で結びついた運命共同体のような会津、その南部の山間部、阿賀川と只見川水系の上流地方が奥会津になる。

 奥会津は日本でも有数の豪雪地帯。この雪が奥会津に大きな自然の恵みをもたらしている。奥会津の「花泉」や「男山」といった銘酒や山菜は雪の賜物といっていい。

「豊富な雪=豊富な水」、それが奥会津の命なのだ。

 民宿「若松屋」での数々の山菜料理を食べながら「山の幸」の言葉をかみしめた。

 それはまさに自然の恵み。すべての食材の出どこがはっきりとしている。人間が何かを食べる場合、これが一番、大事なポイント。奥会津の土に根づいたものを食べていると、なんともいえない幸福感を感じる。強烈な自然感をも感じる。

 自然の命が食べ物を通して、自分の体内に入りこみ、自分の命がパワーアップするかのようだ。自分が生き物であることを強く実感し、「身土不二」(人間と自然は一体)の言葉が頭をよぎる。

Column 骨酒
「骨酒」というのは燗をした酒に焼いたイワナを浸したもの。昔は身を食べたあとの骨を焼いて酒に浸したので「骨酒」の名がある。今では奥会津に限らず、他地方でも身全体を焼いて入れる。酒に浸したイワナが好きだといって食べる人もいるが、残す場合が多い。日本では、ほかにも焼いたアユやカジカを入れる「アユ酒」や「カジカ酒」があるが、これら川魚を浸した酒は東日本に限られているようだ。このあたりにも日本の東と西の違いが出ていておもしろい。このような酒に魚を浸して飲むのは日本特有の食文化。中国には「虎骨酒(ここつしゅ)」があるが、これは黄色くなるまであぶった虎の脛の骨を蒸留酒に浸したものだという。