投稿日: 2023年1月1日2023年1月5日 新年のごあいさつ みなさん、あけましておめでとうございます。 昨年は関東の「式内社めぐり」をしました。相模から始めて、下総、上総、安房の房総3国、武蔵、上野、下野、常陸と旧国ごとにまわりました。武蔵の一部がまだ残っていますが、関東のほぼ … “新年のごあいさつ” の続きを読む
投稿日: 2022年3月9日2022年3月9日 伝説の浮谷東次郎[6] 浮谷家を訪ねた 浮谷東次郎は大阪を出発したあとは、神戸まで行き、大阪に戻り、そして紀伊半島を一周して東京に向かおうとした。 だが、真夏の猛暑にやられ、紀伊半島一周を断念。再度、大阪に戻ると、途中、大津、名古屋、箱根湯 … “伝説の浮谷東次郎[6]” の続きを読む
投稿日: 2022年3月7日2022年3月9日 伝説の浮谷東次郎[5] 「やったゼー、大阪到着だ!」 浮谷東次郎の足跡を追って東海道を西へ。 ハスラー50で草津、大津と走り抜け、滋賀県と京都府の境の峠、逢坂山を越える。峠上には「逢坂山関址」の石碑と常夜燈が建っている。 峠を下ると山科だ … “伝説の浮谷東次郎[5]” の続きを読む
投稿日: 2022年3月1日2022年3月7日 伝説の浮谷東次郎[4] スイカ売りの少女に心動く 浮谷東次郎は名古屋を6時に出発しているが、ぼくはそれよりも1時間早い、5時に鳴海の旅館「喜久水」を出発した。鈴鹿峠の周辺をしっかりと見てみたかったからだ。 名古屋の中心街を走り抜け、木曽川を … “伝説の浮谷東次郎[4]” の続きを読む
投稿日: 2022年2月28日2022年3月1日 伝説の浮谷東次郎[3] 道路地図が本屋にない 夕暮れの浜名湖畔を出発。ハスラー50を走らせて国道1号を行く。浮谷東次郎の足跡を追っての旅はつづく。 ゆるやかな峠の潮見坂を越え、静岡県から愛知県に入った。 日が暮れたところで、国道1号沿いの … “伝説の浮谷東次郎[3]” の続きを読む
投稿日: 2022年2月25日2022年3月1日 伝説の浮谷東次郎[2] 旧道を走り、東次郎の足跡をたどった 国道1号は日本の大動脈だけあって、バイパスが発達している。日本で一番、バイパスの多い国道だ。有料のバイパスもある。これらのバイパスはパスし、旧道をたどって大阪まで行くことにした。 … “伝説の浮谷東次郎[2]” の続きを読む
投稿日: 2022年2月24日2022年2月25日 伝説の浮谷東次郎[1] 『がむしゃら1500キロ』を持って大阪へ向かう 伝説の浮谷東次郎の『がむしゃら1500キロ』(筑摩書房)の文庫本を持って、東海道を走った。それは1996年のことで、『月刊旅』(JTB)の取材を兼ねての50ccバイクでの … “伝説の浮谷東次郎[1]” の続きを読む
投稿日: 2022年2月12日2022年2月12日 『サハラとわたしとオートバイ』(堀ひろ子) ロードレースのレーサーとして大活躍し、「世界一周ツーリング」を成しとげた堀ひろ子さんは、1982年にスズキのDR500で「サハラ砂漠縦断」を成功させた。その時のことを書いた『サハラとわたしとオートバイ』(大和書房刊)は … “『サハラとわたしとオートバイ』(堀ひろ子)” の続きを読む
投稿日: 2021年11月20日2023年2月5日 宮本常一先生の『同時代の証言』 宮本先生への追悼文「宮本先生の笑顔」 偉大なる民俗学者の宮本常一先生は1981年1月30日にお亡くなりになりました。73歳でした。ぼくは宮本先生の作られた日本観光文化研究所(観文研)の所員だったのです。宮本先生が亡くな … “宮本常一先生の『同時代の証言』” の続きを読む
投稿日: 2021年11月19日2021年11月19日 C・W・ニコルさんの思い出 出会いは半世紀前のエチオピア 作家であり森林保護活動家として知られるC・W・ニコルさんは、昨年(2020年)の4月3日に亡くなりました。79歳でした。 C・W・ニコルさんは、ぼくにとっては忘れることのできない人なので … “C・W・ニコルさんの思い出” の続きを読む