賀曽利隆の観文研時代[17]
「雑穀」の村、山梨県西原 日本観光文化研究所(観文研)発行の月刊誌『あるくみるきく』では、第66号(1972年8月)の「アフリカ一周」のあと、第114号(1978年8月)で「常願寺川」を書かせてもらった。 富山県の立 […]
生涯旅人、賀曽利隆の旅日記
「雑穀」の村、山梨県西原 日本観光文化研究所(観文研)発行の月刊誌『あるくみるきく』では、第66号(1972年8月)の「アフリカ一周」のあと、第114号(1978年8月)で「常願寺川」を書かせてもらった。 富山県の立 […]
『あるくみるきく』 日本観光文化研究所(観文研)では、『あるくみるきく』という月刊誌を出していた。 観文研のシンボル的な存在で、所長の宮本常一先生は情熱をこめて毎号の監修をされていた。 1967年3月に出た「特集国 […]
下北半島・佐井の「食」(3) 日本観光文化研究所(観文研)の共同調査で入った下北半島の佐井では、1年を通して何かというと餅をつくる。 その餅には大きく分けると、2種類ある。 ひとつは糯米(もちごめ)を蒸籠(せいろ) […]
下北半島・佐井の「食」(2) 青森県佐井村は下北半島の西部に位置し、津軽海峡に面している。山地は海に落ち込み、断崖をつくり、奇岩の連なる仏ヶ浦のような名所もある。 海岸線に平地のほとんどない佐井では、海の幸と山の幸を […]
下北半島・佐井の「食」(1) 日本観光文化研究所(観文研)の「下北半島・佐井」をフィールドにしての共同調査でカソリは、食文化をメインテーマにして見聞きした。 宮本常一先生の著作集、全45巻の『宮本常一著作集』(未來社 […]
東米良の「焼畑」(3) 日本観光文化研究所(観文研)で共同調査をおこなった東米良の焼畑のうち、秋にコバキリして春に焼く「秋コバ」はヒエコバともいわれるように、ヒエをつくるための焼畑といった色彩がきわめて強い。それに対し […]
東米良の「焼畑」(2) 日本観光文化研究所(観文研)で共同調査をおこなった東米良には、「コバヤキ日和」という言葉が残っている。 焼畑のコバヤキするのは3月から4月にかけての異常乾燥注意報が出るような頃がいい。天気つづ […]
東米良の「焼畑」(1) 宮本常一先生が亡くなられた以降の日本観光文化研究所(観文研)の共同調査は、周防大島の「椋野」のみならず、九州山地の「東米良」、下北半島の「佐井」をフィールドにしてもおこなわれた。 観文研の「東 […]
奇跡の再会 周防大島の椋野では、松岡睦男さんにお会いした。 「私は大正7年に椋野で生まれました。天浄寺が生家です。昭和6年に椋野の尋常小学校に入学。尋常小学校のあとは2年間、三蒲の高等小学校に通いました。椋野と三蒲の境 […]
先生の故郷でのフィールド調査 周防大島の椋野では何人もの人たちから話を聞かせてもらったが、その中でもとくに、魚民の話はおもしろいものだった。 「椋野の漁家は全部で13軒。昔は18軒ありました。椋野の漁業というとタコ漁が […]