賀曽利隆の観文研時代[101]

長崎の築町市場を歩く(4)

1986年

 築町市場の界隈を歩いていて、もうひとつ目を引かれたものがある。それはクジラだ。

 鯨肉専門の問屋があり、鯨肉専門の精肉店があった。

「鯨肉」の看板を掲げた鯨肉専門の精肉店「井上商店」の冷凍ショーケースには圧倒された。どこをみても鯨、鯨で、鯨肉のオンパレードだ。

  赤身      150円
  赤身ステーキ用 200円
  ナガス生鯨   250円
  ミンク生鯨   200円
  尾羽ミミ鯨   80円
  赤身塩鯨    250円
  ナガス塩鯨   350円
  ミンク塩鯨   200円
  尾羽鯨     230円
  切尾羽     450円
  ナガスゆで鯨  480円
  ミンクゆで鯨  350円
  ベーコン    350円
  佃煮用     80円
 (100グラムあたりの値段
       1986年当時)

鯨肉専門の「井上商店」
鯨肉専門の「井上商店」
「井上商店」の冷凍ショーケースに並ぶ様々な鯨肉
「井上商店」の冷凍ショーケースに並ぶ様々な鯨肉

 長崎人は昔からクジラをよく食べていた。

 大村湾に面した東彼杵町は江戸時代、クジラの集散地としておおいに栄えた。長崎街道の要衝の地に位置しているので、ここから各地にクジラは出荷されていた。それとともに鯨肉料理も広まった。現在では南氷洋のクジラだが、この地方でいまだに鯨肉がよく食べられているのは、そのような歴史的な背景があるからだ。長崎人の鯨肉を食べる量は日本一だし、正月料理に鯨肉は欠かせない。

 長崎特有の鯨肉加工食品に百尋(ひゃくひろ)と湯かけ鯨がある。

 百尋はクジラの腸をゆでたもの。冷凍のクジラの腸を氷水の中で徐々に解凍し、血抜きをする。それを塩でもみ、腸内の内容物を洗い出し、うすく塩味をつけると、元に戻して切り口を縫い合わせる。それをゆがくのだ。

 沸騰した釜の湯にいれると、最初は沈むので焦げないようによくかきまぜる。煮えてくると浮き上がってくるので、落とし蓋をし、重石をのせて4、5時間煮立てる。そのあと冷水で冷やし、水切りすると出来上がり。それを酢味噌や酢醤油で食べる。

 湯かけ鯨は塩蔵した尾羽(クジラの尾の部分)をうすく切り、それに熱湯をかけ、水でさらしたもの。フワフワッと、まるで雪が積もったかのように広がる。それを酢味噌や酢醤油につけて食べる。チリチリッとした舌ざわりと弾力のある歯ざわりが印象的。

 長崎では煮しめにも鯨肉を使う。腹側の脂身の畝(うね)を使うのだが、塩抜きした畝とジャガイモ、サトイモ、ニンジン、レンコンなどを一緒に煮たもので、醤油で味つけする。

 築町市場前の大衆食堂に入ると、様々なメニューの中に、鯨のステーキ、さらし鯨、鯨のベーコンがあった。鯨を肴にして焼酎を飲んでいる客もいた。

 ぼくも鯨を頼んだ。鯨肉を食べていると、何ともいえないなつかしさがこみ上げてくる。それは鯨をよく食べた子供時代を思い出させるような味だった。