賀曽利隆の観文研時代[100]

長崎の築町市場を歩く(3)

1986年

 築町市場では、公設の市場内だけではなく、その界隈も歩いた。そこで目についたのは「高野屋 創業延宝三年」、「小野原本店 創業安政六年」の看板を掲げたカラスミの老舗だった。

築町のカラスミの老舗「小野原本店」
築町のカラスミの老舗「小野原本店」

 カラスミはカズノコやスジコ、イクラ、タラコと同じように、魚卵を原料にしている。

 カラスミはボラの腹子(魚卵)を使っている。

 長崎のカラスミは、江戸時代には越前のウニ、三河のコノワタとともに「天下の三珍」といわれたほどの珍味である。

 カラスミの原料となるカラスミボラの主な漁場は野母崎の樺島や五島の富江、天草の牛深だが、その中でも樺島産のものがカラスミづくりには一番適しているといわれている。

 ボラは回遊魚。樺島では例年、10月下旬から11月中旬にかけてがカラスミボラの漁期で、産卵期のカラスミボラを敷網でとっている。漁獲されたボラは雄雌に分けられ、雌は卵に傷がつかないように特殊な包丁で腹割される。

 カラスミのつくり方は次のようなものだ。

「小野原本店」に並ぶカラスミの高級品
「小野原本店」に並ぶカラスミの高級品

 とり出したカラスミボラの卵をまずは真水できれいに洗う。その際、軽くしごくようにして血抜きをする。

 水切りしたあとで、塩をこすりつけ、四斗樽に150腹前後を塩で漬けこむ。塩は15キロから20キロほど。塩の中に卵を埋め込むぐらいに塩を用いる。

 このようにして4、5日ほど塩蔵すると、卵は固くしまってくる。

 塩漬けの終わった卵を真水に浸し、塩抜きをする。この塩抜きの作業がカラスミづくりの中でも一番難しいとされ、昔からカラスミ業者はこの技術を秘宝としてきた。というのも、指先の感覚によって卵の硬軟の度合を知り、塩加減をしなくてはならないからだ。あまり塩を抜きすぎてしまうと腐ってしまうし、塩が強すぎると味が落ちてしまう。

 1時間ほど水に浸しておくと、卵はやわらかくなる。そのあとで、卵膜を破らないように卵を軽くもみほぐし、塩抜きを速める。

 塩抜きが終わると十分に水切した卵を厚板に並べ、板にはさみ込んで形を整え、寒風に吹きさらして乾燥させる。

 11月から12月にかけての、冷たい風の吹く晴天の日が、カラスミ干しには最適な天候。こうして10日あまり、日中は外で干し、夜間は室内で乾燥させると、飴色をした半透明のカラスミが出来上がる。

 このように手間ひまかけてつくるカラスミなので、高級品になると1本が何千円もするが、それを贈答品として買い求めていく人が多くみられた。

 カラスミはもともとは正月用のものだった。

 それがいまでは原料を冷凍しておけるので、ほぼ一年中、つくられている。

 国内産の原料はかぎられているので、台湾やオーストラリア、ブラジルなどの海外産が大半を占めている。いかにも日本的な食べ物のように見えるカラスミだが、その原料を海外に頼っているのが現状だ。