賀曽利隆の観文研時代[96]

吉野川の鮎(4)

1986年

 吉野川の大歩危で、釆本博さんに鮎釣りを見せてもらったが、駅前食堂「いちひろ」に戻ると、
「ザコ(雑魚)があるから食べていったらいいよ」
 と言われ、ありがたくいただいた。

  イダの塩焼き
  ギギの塩焼き
  イダの味噌焼き
  ヨシュウの味噌焼き

 それにご飯と味噌汁、サラダ、漬物をつけてくれた。

 イダにしても、ギギにしても、ヨシュウにしても、すべて釆本さんが吉野川で釣ったものである。

 吉野川の川魚料理をたっぷりと味わった。

 それなのに釆本さんは、
「ザコ(雑魚)でお金をもらうわけにはいかない」
 といって代金は受け取ろうとはしなかった。

 イダは小骨が多かった。ぼくはまるごと食べたが、ふつうは頭や骨は食べない。大きくなると40センチくらいまで成長するとのことだが、大きいイダはあまりうまくないという。大歩危に雪の降るころのイダが一番、味がいいという。

 イダを釣るときはサバやイワシなどの臓物や鶏の肝、竹輪などを餌にして、針を4、5本つけて釣る。イダは寒中でも餌に食いついてくるという。

 ギギはトロッとした脂分がうまかった。イダとは反対に、大きいものほど味が良くなるという。ナマズに似た格好をしているがヒゲはない。背びれとえらにとげがあり、それがささると、むずがゆいような痛みを感じる。干したギギをうどんのだしにも使う。

吉野川の川魚料理。右の皿にはイダとギギの塩焼き、左の皿にはイダとヨシュウの味噌焼きがのっている
吉野川の川魚料理。右の皿にはイダとギギの塩焼き、左の皿にはイダとヨシュウの味噌焼きがのっている

 ギギは5月から9月にかけてとる。初夏の頃は体は黄色ぽいが、8月になると黒ずんでくる。夜行性の魚で、昼は穴に入ってじっとしている。夜、穴から出てきたところを釣り上げる。潜ってヤスで突いてとることもあるという。

 ヨシュウはウロコが大きく、さっぱりした、口当たりの良い脂分がある。「ムギワラヨシュウ」といわれるが、麦刈りの季節のヨシュウが一番、味が良いとされている。川底をはう魚で、ハゼに似ている。海のハゼに対して、「カワハゼ」とも呼ばれている。

 そのほか吉野川でとれる魚には鯉と鰻がある。

 鯉は1メートルを超えるような大物が釣れることもあるという。清流に棲む鯉なので、あらいにする必要はなく、刺身で食べられる。残念ながら今回は鯉の刺身は食べられなかったが、その味は鮎以上のものだという。

 鯉はめったに釣れないが、鰻は多くいる。「モジ」と呼ぶ竹製の筌(うけ)でとる。口を下流に向けて川底に置き、のぼってくる鰻が入るようにする。いったん入ると、筌にはカエシがついているので出られないようになっている。

 筌のほかには、鰻の入っていそうな穴に針を入れてひっかけたり、何本もの針のついたはえ縄でとったり、潜ってヤスで突いたりする。

「川で漁をする多くの人は、山でも猟をするよ。川漁の上手な人は、やっぱり山猟も上手だね」
 という釆本さんの言葉は心に残った。

 この地方での山猟というと、イノシシやタヌキ、ウサギ、ヤマドリ、キジなどをとっているが、川で魚をとる刺し網と山で鳥をとるかすみ網は似たようなものだし、川で魚をとるヤスと、かつては山で獣をとっていたヤリは似たようなもの。さらにいえば、海での追い込み漁と山での巻狩りも似ている。

 夏は吉野川での川漁、冬は四国山脈での山猟という図式が見えてくる。

 大歩危駅前の食堂「いちひろ」のご主人、釆本博さんに別れを告げ、バスで峠を越えて祖谷に行く。

 名所のかずら橋の周辺には食堂や土産物店が並んでいる。ここまで来ると、もう鮎はいない。鮎にかわって「渓流魚の女王」といわれるアメゴ(アマゴ)の塩焼きがここの名物になっている。

祖谷のアメゴの塩焼き
祖谷のアメゴの塩焼き

 どの店も、店先にしつらえた火床の炭火のまわりに串に刺したアメゴを円状に立て、塩焼きにしている。アメゴはこんがりと焼け、川魚特有のほのかな香りをあたりに漂わせている。

 そんなアメゴの塩焼きを食べながら冷えたビールを飲んだ。

「う〜ん、たまらん!」

 祖谷川の川面を渡って吹いてくる風は、何ともさわやかだった。