常願寺川(18)
滑川のホタルイカ(2)
1985年
「ホタルイカ漁についてもっと知りたいのなら家に来なさい」
漁船の持ち主の大浦甚太郎さんにそう言われて、滑川漁港近くのお宅を訪ねた。
「まずは腹ごしらえから。話はそれからだ」
大浦さんは奥さんに朝食を急がせた。
食卓にはホタルイカ料理が並んだ。刺身に桜煮、それと佃煮。ビールの栓が抜かれ、獲れたばかりのホタルイカを肴にして、朝から酒宴の様相になった。
刺身は手を抜き取り、切り開いて、大皿に同心円状態に並べられている。中央には目玉のついたままの手が盛られている。この手がじつにうまい。大浦さんによると、このあたりの漁民は「手の刺身」と呼んでいるという。ショウガ醤油につけて食べるのだが、シコシコした歯ざわりとツルッとしたのどの通りが何ともいえない。
桜煮は沸騰した湯の中に塩を入れ、獲れたばかりのホタルイカをゆでたものである。
「あんまり数を入れないで、湯に浮かんだホタルイカが泳げるぐらいにするのがコツなんですよ。強火でさっとゆであげ、湯が汚れてきたら取り替えます」
と、料理自慢の奥さんが作り方の秘訣を教えてくれた。
桜煮の名前通り、桜色にふっくらとゆで上がったホタルイカを口にふくむと、やわらかな卵がプチュッと舌の上に飛び出してくる。
ちなみに富山湾岸に近寄ってくるホタルイカは大半がメスだという。定置網にかかるのもメスで、桜煮のホタルイカも卵を持ったメスということになる。
なお、刺身にするときは卵を取り除いている。
さらに、もうひと品の佃煮も奥さんの手作りだ。
店で売られているホタルイカの佃煮は、いったんゆでたもの干し、使う段になって水に戻しているが、漁家の自家製佃煮は生のホタルイカを使うという。
その作り方は次のようなものだ。
まず醤油、砂糖、水飴を煮たてた佃煮のもとをつくる。もとは醤油1斗(約18リットル)に砂糖5キロ、水飴7・5キロの割合。それを煮たてて7割ぐらいにする。おいしい佃煮の作り方の秘訣は、このもとを失くさないようにして、さきほどの割合で、醤油、砂糖、水飴をつぎ足していくことだという。
佃煮のもとの中に、獲れたばかりのホタルイカを入れ、中火で1時間ほど煮たてる。
こうして出来上がった佃煮は固くもなく、柔らかくもなく、とくに酒の肴にはぴったりの味になる。
朝食の最後には、ご飯と味噌汁が出た。味噌汁は魚汁で、具はホタルイカの定置網にかかったキスとヒラメ、それと青菜だ。おかずはホタルイカの塩辛。炊きたてのご飯に塩辛というのは、絶妙の取り合わせで、ことのほか食が進む。
この塩辛作りだけは、奥さんにまかせられないという。大浦さん自身が作るのだ。自分で作った塩辛でないと、どうしても自分の好みの味が出ないという。
ホタルイカの塩辛の作り方は次のようなものだ。
口広の容器に獲れたばかりのホタルイカを洗わずに入れ、塩を入れてかきまぜる。塩の割合は50キロのホタルイカに対して4キロ、つまり8パーセントの塩になる。
塩をしたホタルイカは毎日、何回もかき混ぜる。
「塩辛作りは怠けたらダメ」
と大浦さんは強調する。
少しでも手を抜くと、味は落ちるし、変色するという。
2,3日すると水気が上がってくる。1週間あまりたったところで、水気を捨てる。この時にフルイを使い、フルイに押しつけるようにして目玉をとり除く。最初から目玉を取ってしまうと、ベチャとなり、大浦さんにとっては食べる気のしない塩辛になってしまう。こうして10日もすると、食べ頃になる。
さらに塩を強くすれば、半年でも1年でも保存できるというが、
「(そのような塩辛は)作りたいとも、食べたいとも思わないよ」
と大浦さんは言い切った。
ホタルイカ三昧の朝食に大満足。つい2,3時間前までピチピチしていたホタルイカを存分にご馳走になった。