賀曽利隆の観文研時代[120]

賀曽利隆食文化研究所(9)越前編

『ツーリングGO!GO!』(三栄発行)2003年4月号 所収

序論

「日本で一番うまいカニは?」と聞かれたら、これはもう文句なしに、「越前ガニ!」と答える。それほどうまいカニだ。

 その越前ガニを食べたくなった。

 思い立ったが吉日で、カソリの旅日和。

 ちょうどうまい具合に越前ガニの季節なのである。

 DJEBELE250XCのエンジンをかけ、東名→名神→北陸道と高速道を突っ走り、福井県の越前町に向かった。

 越前町の越前海岸が越前ガニの本場になっている。

「越前ガニを食べた〜い!」
 というぼくの想いが通じたのだろう、北陸道はチェーン規制もなく、路面に積雪もなく、バイクでも問題なく走れた。

 敦賀ICで北陸道を降り、国道8号を北へ。

 杉津(すいづ)で国道8号を離れ、有料の河野海岸道路に入っていく。

 杉津から東尋坊までが越前海岸。

 きれいな海岸線を見ながら走り、国道305号に合流。河野村を走り抜け、目指す越前町に入った。

調査

 雪はまったくない。いよいよ越前ガニの本場だ。

 国道305号沿いには「越前ガニ」の看板を掲げた鮮魚専門店を何軒も見かける。

 店先では大釜で越前ガニをゆでている。20分ほどゆでた越前ガニの甲羅は、きれいな赤味を帯びた色に変わる。湯上がりの女性の肌を思わせる。

 店内をのぞくと1匹2000円〜3000円ぐらいから売られている。大きなものになると8000円から10000円といったところだ。

 越前ガニは「日本で一番うまいカニ」であるのと同時に、「日本で一番高いカニ」でもある。店の大きな水槽では、生きている越前ガニが見られた。

 越前岬に近い越前玉川温泉の国民宿舎「まるいち玉川荘」に泊まり、そこで越前ガニのフルコースを食べた。

 湯から上がると、さっそく大広間の膳につく。

 次々に用意される越前ガニ料理を目の前にしてカソリ、思わず「お〜!」と、歓喜の声を上げる。

 大皿にはゆでた越前ガニの大物がド−ンと1匹、のっている。

 その足には越前ガニの新鮮さとうまさを保証する黄色いプラスチック製の標識票がついている。表には「越前ガニ」、裏には「越前港」と書かれている。

 刺し身の大皿にはヒラマサや甘エビ、イカ、ばい貝の刺し身とともに生のカニ足がのっている。

 別の大皿には焼きガニ。

 さらにカニすき鍋にも越前ガニがまるごと1匹、入っている。

 そのほかに焼きカレイや天ぷら、貝料理の大皿もついている。

 越前ガニはなんといっても塩ゆでが一番うまい。

 ゆでたカニの足をバリバリバリッとへし折り、甲羅をカパッとあけて食らいつく。

 カニ味噌をチュッチュ吸って食べる。

「う〜ん、たまらん!」

 足にはたっぷりと身がつまっている。

 もう狂気乱舞のカソリ。

 世の中、これほど夢中になれることは、そうそうあるものではない。

「人間は食うために生きている!」
 ということを心底、実感するのだった。

 熱燗にした福井の地酒「すきむすめ」を飲みながらカニ刺しと焼きガニを食べ、そしてグツグツ煮えてきたカニすきに箸をつける。

 越前ガニのうまみがたっぷりとしみ出た汁のうまさといったらない。

 鍋には白菜や青菜、しらたき、シイタケが入っているが、とくに汁のよくしみ込んだ肉厚のシイタケはうまかった。

 鍋をあらかた食べたところで、汁にご飯を入れ、最後はカニ雑炊にする。

 これがまたとびきりのうまさ。一滴の汁も残さずに、きれいさっぱりと食べ尽くした。

 翌朝、越前海岸でも最大の小樟(ここのぎ)漁港に行く。

 漁船から水揚げされた越前ガニが、魚市場にズラリと並んでいる。

 壮観な眺めだ。

 それらの越前ガニはゴソゴソと動いている。まだ生きているのだ。

 午前8時に一番競りが始まった。

 競り落とされたカニはすぐさま業者の車で港外に運び出されていく。保存のきかない越前ガニは時間との勝負なのだ。

 このあと二番競り、三番競りとつづき、競りは午前10時過ぎには終わった。

 越前海岸ではもう一か所、隣りの大樟(おこのぎ)漁港でも競りがおこなわれる。越前漁港というのは、これら越前海岸の漁港の総称なのである。

結論

 熱気あふれる越前ガニの競りを見たあとは、日本海に断崖が落ち込む越前岬の岩場に立った。鉛色をした冬の日本海。岬の周辺では、寒風に吹きさらされて野水仙の花が咲いていた。

 この越前岬の沖、丹後半島の経ヶ岬に向かって西へ2、30キロの海域が越前ガニの漁場になっている。越前ガニは水深200メートルから400メートル、水温1度から3度のこの深い冷たい海に生息している。

 越前町には50隻ほどのカニ漁の底曳網漁船があるとのことだが、それら漁船は早朝に出漁し、その日か、もしくは沖泊まりして翌朝には越前漁港に戻ってくる。漁場がきわめて近いので、鮮度満点の状態で越前ガニを水揚げすることができる。これがほかのカニとは違う、越前ガニの越前ガニたるゆえんなのである。

 越前ガニ漁は11月の初旬に解禁になり、3月の下旬で終わる。みなさん、まだ間に合うぞ。それ行け、越前海岸へ。越前ガニは越前海岸で食べてこそ、越前ガニなのである。

Clumn 越前ガニ
「越前ガニ」とはズワイガニの雄のことで、雌は越前海岸では「セイコ」もしくは「セイコガニ」と呼ばれている。
 雄と雌では全然、値段が違う。雄の方が大きく、雌は小さく、もちろん雄の方が値段が高い。
 雌の産卵は2月、3月で、1月下旬に雌は一足先に禁漁になる。
 ズワイガニの平均寿命は約15年。カニの中ではタラバガニに次いで長命だ。
 この季節になると北陸一の市場、金沢の近江町市場にもズワイガニがズラリと並ぶが、ここでは雄を「ズワイガニ」、雌を「コウバクガニ」と呼んでいる。
 ズワイガニは山陰になると「松葉ガニ」と呼び名が変わり、雌は「セコガニ」とか場所によっては「ゼンマル」などと呼ばれている。
 福井県内の越前ガニのうち7割近くは越前漁港に水揚げされている。越前町はまさに越前ガニの本場なのである。