賀曽利隆の観文研時代[78]

信州伊那谷の馬肉・川魚・昆虫(2)

 伊那には川魚専門店がある。「塚原川魚店」である。一歩、店内に入ったときの驚きといったらない。

「塚原川魚店」にはアユ、フナ、コイ、ワカサギなどの川魚が並ぶ
「塚原川魚店」にはアユ、フナ、コイ、ワカサギなどの川魚が並ぶ

 店内のショーケースには、これでもか、これでもかといわんばかりに、調理済み(主として甘露煮)の川魚が並べられている。

 店内の生簀には体長5、60センチくらいのコイがぶつかり合うようにして泳いでいる。かつては天竜川で天然のコイが獲れたが、今では諏訪湖の網生簀で養殖しているコイが大半を占めるという。

 コイは「うま煮」にして売っているが、注文があれば「あらい」にもしてくれる。家庭料理だと、コイの切り身を入れた味噌汁の「鯉こく」がある。

 流れ水に打たせたバケツの中にいるのはドジョウだ。ドジョウも甘露煮にするが、生きたドジョウを買いにくる人も多い。家庭では「柳川鍋」や「どじょう汁」にする。

 6月の中旬になると、天竜川のアユが解禁になり、店頭には若アユが並ぶ。塩焼きや甘露煮にするが、水槽の生きたアユを買っていく人も多いという。びん詰めにされたアユの塩辛の「うるか」は、1年を通して売られている。

「塚原川魚店」の店先の一角は、通行人からも見えるような調理場になっている。2台のガスコンロには大鍋がかかり、一日中、川魚の甘露煮がつくられている。

 醤油と砂糖で下地をつくり、下地を煮たてたところで川魚を入れ、下地が若干残る程度まで煮詰める。その途中では味をひきたたせるために水飴を加える。

 客の出入りは頻繁で、川魚がいかに伊那人に好まれているかが、よくわかる光景だ。

 店の人と世間話をしながら、伊那を出ていった知人に送ってほしいという人、嫁いでいった娘に何種類もの詰め合わせを送ってほしいという人、都会に出ていった息子に土産に持っていきたいという人…と、次々にお客さんがやってくる。

「この商売は何しろ自然相手のものですから、いかに材料を確保するかが勝負ですね。最近は河川の改修が進んで、どこもかしこもコンクリートで護岸されているので、そのためでしょうね、川魚がめっきり減っています。それが一番の悩みの種ですね」
 と店主の塚原保康さんは商売の難しさの一端を話してくれた。

 最後に「塚原川魚店」で売られている川魚類の一覧を見てもらおう。塚原さんに聞いた説明をつけ加えている。値段は100グラム単位で1986年5月22日のものである。

タニシ(350円) 味噌煮にする。天竜川が諏訪湖から流れ出る釜口水門の周辺や辰野にかけての天竜川の本流、または天竜川に流れ込む用水路などで、主として6〜8月にとっている。田んぼでもとれるが、商売になるほどの量ではない。

シジミ(350円) しぐれ煮といって、むきみを醤油で煮つける。かつては「天竜シジミ」といって、伊那あたりの天竜川でもかなりとれたが、河川改修が進んでからというものさっぱりとれなくなり、現在は大半が諏訪湖産である。

アミエビ(300円) ヌカエビともいうが、その名のとおりの細かいエビで、醤油で煮つける。かつては天竜川に流れ込む小川でとれたが、今ではほとんどとれず、他地方産、とくに滋賀県産を多く使っている。

カワエビ(300円) テナガエビとも呼ぶ小さなエビ。かつては伊那周辺の天竜川でとれたが、今では激減し、諏訪湖産を使っている。

サワガニの甘露煮
サワガニの甘露煮

サワガニ(1500円) 甘露煮にする。まだ寒さの厳しい3月、4月に、天竜川に流れ込む川の上流部まで登ってとる。近年は伊那谷や静岡県内の水のきれいなところで養殖しており、天然ものから次第に養殖ものに変わっている。

ウナギ(肝と骨は250円。角煮は1000円) 肝は甘露煮にする。骨は細かく砕いたものを油で揚げ、タレをつける。角煮は素焼きにしたうなぎを角切りにし、それを甘露煮にしたもの。蒲焼にもする。かつては天竜川の本流で1キロ以上の大物ウナギがとれた。天竜川に簗があった頃(昭和30年以前)は、アユやコイとともに、大ウナギもよくかかったという。現在では大半が浜名湖周辺産や大井川下流域産の養殖ウナギを使っている。

ワカサギ(500円) 甘露煮や唐揚げにする。酢につけた南蛮漬けや、サラダオイルに酢をまぜて漬けたオイル漬けもある。ワカサギは諏訪湖が日本一の水揚高を誇っている。

フナを6〜7時間も炊きつづける
フナを6〜7時間も炊きつづける

フナ(すずめ焼きは1串150円) 「すずめ焼き」は串刺しにしたフナをいたん油で揚げ、そのあと6、7時間も炊いて甘露煮にしたもの。その格好が焼きとりに似ているのですずめ焼きと呼ばれている。フナは天竜川でもとれるが、その量はたかがしれたもので、大半は諏訪湖産。4〜6月がフナ漁の最盛期で、諏訪湖では大四ツ手網でとったり、ドロブネと呼ぶ細身の舟での網漁もおこなっている。

アカウオの甘露煮
アカウオの甘露煮

アカウオ(300円) ウグイのことで、甘露煮にする。ウグイは体長2、30センチの魚で、生殖期になると雄の腹部に赤い縦線ができるのでアカウオと呼ばれている。アユが解禁になるまでの天竜川での釣りといえばアカウオになる。

モロコ(大500円・小400円) 甘露煮にする。諏訪湖や天竜川に生息。体長10センチ前後。近年は減少している。

ヨナ(500円) 甘露煮にする。諏訪湖や天竜川に生息。体長4〜5センチ。近年はモロコ以上に減少している。

カジカ(500円) 甘露煮にする。素焼きにして料理屋に出すこともある。天竜川に流れ込む川の上流部でとれる。