[1973年 – 1974年]
アメリカ編 6 オアハカ[メキシコ]→ サンサルバドル[エルサルバドル]
「マリファナ先生」との出会い
メキシコ南部のオアハカでアメリカ人カップルのエレン&チコと別れ、グアテマラ国境に向かっていく。メキシコでのヒッチハイクの難しさは相変わらずで、車に乗せてもらえないまま、歩きに歩いた。
ついに乗せてもらった!と思ったら、またしてもアメリカ人の車。それが「マリファナ先生」との出会いだった。
彼はエルサルバドルの大学で2年間の契約で教えているとのことで、アメリカ東部ペンシルバニア州の故郷で休暇を過ごし、車でエルサルバドルに戻るところだった。
なぜぼくが彼のことを「マリファナ先生」と呼んだかというと、車を運転しながらずっとマリファナを吸いつづけているからだ。
「マリファナ先生」のいい分は、こうだ。
「マリファナはちっとも有害ではない。タバコのほうがはるかに体に悪い。それなのにマリファナを禁止する州(当時のアメリカでは、マリファナを禁止する州の方が少なかった)があるのは、マリファナは州の財源にならないからね。はるかに有害なタバコが禁止されないのは、州の大きな財源になっているからだよ」
「マリファナ先生」はぼくにも吸うようにすすめたが、タバコも吸わないので断ると、それ以上、無理強いはしなかった。
火山が爆発!
メキシコからグアテマラに入った。とうとうメキシコ内では、メキシコ人の車には1台も乗せてもらうことがなかった。
グアテマラに入国した日は、異様な1日だった。
南の空はこの世の終わりを告げるかのようなうす気味悪い赤紫色をしていた。生まれて初めて見る空の色。ゾッとするような光景だ。
そのうちに太陽光線は薄れ、あたりの風景は色彩を失い、すべてがうす汚く見えてくる。それは火山灰のせいだった。
道路にはまるで黒い雪が降ったかのように火山灰が積もり、その上に「マリファナ先生」の車の跡だけがくっきりと残されていく。
南に向かって走るにつれて火山灰はひどくなる。道行く人はすっぽりと顔を覆い、目だけを出している。やがてほとんど視界はなくなり、車はライトをつけてノロノロ走った。
火山が爆発したとのことで、それとともに地震が起きた。その揺れで中央アメリカを縦貫するパンアメリカン・ハイウェーはいたるところで土砂崩れをおこしていた。大規模な土砂崩れ現場では道路が不通になり、まる1日、足止めをくった。
首都のグアテマラ・シティーを過ぎると、火山灰は消えた。風が北に吹いていたからなのだろう。やっと楽に息ができるようになった。
「国は何のためにあると思う?」
グアテマラからエルサルバドルに入国。機関銃を構えた兵士の出迎えを受けた。
ぼくの入国手続きは簡単にすんだが、「マリファナ先生」は徹底的に調べられた。理由は彼が大学教授だからだ。とくに本やノート類は1冊づつ、厳しくチェックされた。
「マリファナ先生」はよっぽど腹がたったのだろう、エルサルバドルに入国したあとも、しばらくは怒りがおさまらずにまくしたてた。
「私がなぜあれだけ調べられたか、わかるかい?」
「この国の政府は、ひどい思想の弾圧をしている。たとえば、この前の大統領選挙で軍人の候補が勝った。ところが選挙は表向きで、最初から軍人が勝つように仕組まれていたのさ。それを知った学生や教授たちが激しく抗議すると、軍は力づくで大学を閉鎖し、抗議運動の指導者たちを闇に葬った。まさに暗黒政治の典型だね」
「エルサルバドルというのは、こういう国なのだ。貧富の差はものすごく大きい。この国の金持ちといったら、アメリカ人の金持ちとは桁が違う」
「政府にしても、軍にしても、警察にしても、国は何のためにあると思う?」
「国はひと握りの金持ち連中を守るためにあるんだよ」
車は、一路、首都のサンサルバドルを目指して走る。
「マリファナ先生」の怒りもやっとおさまったようで、
「こんな話を聞かれたら大変だ。私はただでさえもマークされているからね。国境で車に盗聴器を仕掛けられなかったかなぁ…」
と、おどけるような表情で笑った。
エルサルバドルの首都サンサルバドルに到着したのは深夜。ひと晩「マリファナ先生」の宿舎に泊めてもらい、翌日、パナマに向かってふたたびヒッチハイクを開始した。