30年目の「六大陸周遊記」[073]

[1973年 – 1974年]

サハラ砂漠縦断編 3 アキューズ[セネガル] → ラゲイラ[スペイン領サハラ]

やっとチュームを出発…

 サハラ砂漠のオアシス、アキューズの町に到着したもの、日中は何もできない。日影をみつけ、みんなと同じようにただゴロゴロしている。肌を突き刺し、突き抜けていくような強烈な日差しの前には、なすすべがなかった。

 夕方になると、やっと町に精気が戻ってくる。

 アキューズから一歩も出られないまま、町の広場でゴロ寝した。

 アキューズの2日目。

 町の広場にはチュームまで行くという乗り合いのタクシーが停まった。小型トラックの乗り合いタクシーだ。チュームは鉄鉱石専用列車の停まる駅。

 乗り合いタクシーの運転手はすぐに出発するという。料金は1人500ウギア。日本円で2500円ほど。チュームまでは300キロほどある。

 モーリタニアの物価の上昇は激しかった。1972年の「サハラ縦断」から2年半しかたっていないのに、物価は2倍以上になっている。すべては石油ショックの影響。

 運転手にいわれるままに500ウギアを払った。乗る前に払えというのだ。

 だが、すぐに出発するというのに、なかなか出ようとしない。いまかいまかと出発を待っているうちに昼になってしまう。もうこうなると、日影で昼寝をする以外になかった。

 目がさめても、まだ出発する気配はなかった。

 夕方になって荷台に20人もの乗客と3頭のヒツジ、さらに乗客たちの大荷物を積み込み、やっと出発した。

サハラのオアシス、アタールへ

 チュームに行く前に、アタールに寄るという。道は舗装こそされていないが、それほど悪くはない。砂に埋まることもなかった。

 岩山が見える。山肌に緑はまったくない。遊牧民のテントを2度、3度と見る。小型トラックの荷台で乾いた風を切って乗っているので、猛烈にのどが渇く。

 夕日が地平線に沈みかけると、乗り合いタクシーは停まり、全員が砂漠で礼拝する。
「アラーアクバル(アラーは偉大なり)」と3度唱え、
「ラーイラハイララー(アラーは唯一の神)」
「モハメッドラスララ(マホメットは偉大な預言者)」
 といって皆、ひたいに砂がつくほどにひれ伏し、東のメッカに向かって祈る。

 夜、遅くなってアタールに到着。その夜はアタールに泊まった。

夜明けのサハラを行く
夜明けのサハラを行く
灼熱のサハラを行く

 翌朝、運転手は日が昇ったら出発するといった。だが、アキューズのときと同じように、なかなか出発しない。アタールの町を車でグルグルとまわる。きっと乗客と積荷を探しているのだろう。

 ラクダの市場、ヤギやヒツジの市場、ロバの市場と家畜市をまわっていく。

 とうとう午前中には出発しなかった。

アタールの町
アタールの町
アタールの町
アタールの町
アタールのラクダ市
アタールのラクダ市

 また、どうせ日が落ちたころ出発するのだろうと思っていたら、なんと、猛烈に暑い昼過ぎにチュームに向かって出発した。

 炎天下、小型トラックの荷台に乗っているので、頭がズキズキ痛んでくる。それほどの日差しの強さだ。乗客の多くは頭から黒い布をすっぽりとかぶっているが、あまりの暑さに頭を抱え込み、うめき声をあげている人もいる。

 何ということ。砂漠の民なのに。これが文明なのか。

 灼熱のサハラでラクダとともに暮らしていた頃は、火のように焼けた砂の上を平気な顔をして裸足で歩いていたというのに…。いったん楽な生活になじんでしまうと、人間は弱くなる。

 アタールの周辺には小さなオアシスが点々とあった。ナツメヤシの緑が目にしみた。

 峠を越える。もうひとつの峠を越え、平地に降りていった。すると砂が深くなった。車の速度は極端に落ち、何度か深い砂にスタックした。そのたびに乗客は荷台から降り、車を押すのだった。

 日が暮れかかった頃、チュームに着いた。

チュームへの道
チュームへの道
乗り合いタクシーの荷台を降りて小休止
乗り合いタクシーの荷台を降りて小休止
猛烈な暑さ。木陰で休む
猛烈な暑さ。木陰で休む
チュームに近づく
チュームに近づく
サハラの鉄路

 モーリタニアはリベリア、南アフリカと並ぶアフリカ有数の鉄鉱石の産地。鉱山はチュームの北、約200キロのフーデリックからズエラートにかけての山塊である。サハラの上にポコッと鉄山がのった感じの鉱山だ。

 ズエラートから鉄鉱石専用の鉄道が、積み出し港のカンサドまで通じている。4台のジーゼルカーにひかれた鉄鉱石専用列車は、全長2キロにも達する。

 ズエラートとカンサドの間では、チュームのように何ヵ所かで停車する。その列車には誰でも自由に無料で乗れる。

 ぼくはチュームからこの列車に乗ってカンサドまで行き、隣合ったスペイン領サハラに入るつもりだった。スペイン領サハラのラゲイラ港から船でカナリー諸島のラスパルマスに渡るつもりにしていた。

 まだ日の残っているころ、カンサドに行く列車が着いた。

 鉄鉱石を満載にした150両ほどの大型の貨車。鉄鉱石の上によじ登り、サハラを見渡す。列車はすぐに動き出し、「ガシャガシャガシャーン」と、連結器の音が次々と伝わっていく。

 真ん中あたりに乗ったのだが、列車の先頭と後ろを同時に見るのは容易ではなかった。それほどこの鉄鉱石専用列車は長かった。

チュームで鉄鉱石専用列車に乗る
チュームで鉄鉱石専用列車に乗る
夕暮れのサハラを行く列車
夕暮れのサハラを行く列車
国境を越えて…

 万里の長城を思わせるような鉄鉱石専用列車はサハラをひた走る。鉄鉱石の赤い粉が舞う。あっというまに粉まみれになる。暮れゆくサハラ。日が落ち、星が見えてくる。満天の星空。鉄鉱石の上にシートを広げ、寝袋を敷く。鉄鉱石から伝わる冷気を感じながら眠りについた。

 夜が明ける。ほこりまみれになった寝袋とシートをたたむ。冷たい風を切って走るので寒い、寒い。ひとつひとつが独立した砂丘群が見えている。

 日が高くなると、真っ青な大西洋が見えてくる。列車はカンサドの選鉱所の前で停まり、そこで降りた。

 カンサドと隣合ってワディブーの町がある。白っぽい家並み。

 ワディブーから乗り合いタクシーで、スペイン領サハラのラゲイラに向かった。国境は信じられないことだったが、フリーパス同然。スペイン領サハラの独立か、それともアルジェリアかモロッコかモーリタニアへの帰属か、それとも分割しての帰属かともめにもめている地域とは思えなかった。

 ラゲイラに着いてガックリ…。何とカナリー諸島への船は前の日に出てしまった。次の船は15日後だという。

モーリタニア側のワディブーの町
モーリタニア側のワディブーの町
スペイン領サハラ側のラゲイラの町
スペイン領サハラ側のラゲイラの町