[1973年 – 1974年]
アメリカ編 10 メデリン[コロンビア]→ ブカ[コロンビア]
苦あれば楽あり!
6番目の大陸、南米・コロンビアのメデリン空港に降り立ち、ヒッチハイクを開始。バスに乗せてもらい、何とも幸先の良いヒッチハイクとなった。
その夜はさらに歩きつづけたが、もうそれ以上は車に乗せてもらえず、道端にあった農作業小屋で寝た。
夜中から雨が降りだす。夜が明けても、雨は降りつづいている。
「よーし、さー、行くゾ!」
と、気合を入れて雨の中を歩きはじめる。
雨に濡れながら歩くのは辛いことだったが、いつものことなので慣れもあった。
苦あればまさに楽ありで、幸運にも400キロ南のブカという町まで行くジープに乗せてもらえた。運転手はペレスさんという歌の大好きな中年の人だ。
アンデス山中の道は通行止…
道はアンデス山中を縫っている。大雨の影響で、あちこちで山崩れが起きている。大きな山崩れの現場では、通行止めになっていた。バスやトラック、乗用車などが長い列をつくって開通を待っていた。
「これでは、いつになったら通れることやら‥‥」
と、ペレスさんは諦め顔だ。
じたばたしても仕方がないといって、彼は何曲ものコロンビアの歌を歌ってくれる。
道が開通するまではほかに何もすることがないので、そのあと、簡単なスペイン語も教えてもらう。ブルードーザーが土砂を押しのけ、立ち往生してから4、5時間後にやっと片側だけ通れるようになり、車の長い列が動き出した。対向車線にはずらっと車が並んでいる。それを見てペレスさんは、「何台、停まっているか、数えてみなさい」という。
さきほど教えてもらったスペイン語の試験のようなものだ。
「ウノ、ドス、トレス、クワトロ、シンコ(1、2、3、4、5)‥‥」
と、声を出して数え、全部で146台になった。
ブカに到着!
それでどうやら試験に合格したようでペレスさんは満足そうな顔をした。
高い峠を越え、渓谷沿いの道を走る。まっ茶色に濁った谷川の水は猛り狂って流れる。谷川をはさんで対岸を通っている鉄道は、無残にも盛土がえぐりとられ、線路があちこちで水没している。
やがていつしか広々とした谷間になる。豊かな農地で、サトウキビやダイズ、パイナップルなどが栽培されている。青々とした牧草の牧場では、何頭もの肉牛が見られた。
雨が上がり、日が落ちたころにブカの町に着く。その夜はペレスさんの家に泊めてもらった。奥さんと3人の男の子、1人の女の子の6人家族。みなさんと一緒に夕食をご馳走になる。
男の子たちは空手映画が大好きで、夕食後は、
「カラテを教えて」
と、大変な騒ぎになる。
子供たちは空手映画の見よう見まねで、「エイ、ヤー」と、さまざまなポーズをしてぼくに見せてくれるのだった。