[1973年 – 1974年]
アメリカ編 11 ブカ[コロンビア]→ カリ[コロンビア]
バスターミナルから追い出される
翌朝、ペレスさん一家の見送りを受け、ブカの町を出発。
南へ。
難しいヒッチハイクの連続で、車に乗せてもらっている時間よりも、歩いている時間の方がはるかに長かった。
日が暮れてもヒッチハイクをつづけ、深夜にコロンビア南部の中心地、カリに着いた。
誰もいないバスターミナルの片すみにシュラフを敷いて寝る。歩き疲れていたので、あっというまに深い眠りに落ちていく。
どのくらい寝こんだだろうか、警官に起こされ、パスポートを調べられた。
その警官が立ち去るとまもなく、今度は2人組の警官に起こされた。
その2人組の警官が立ち去って、またウトウトしかけたところに、またしても警官がやってきた。
3度目の警官には、
「ほかで寝ろ!」
といわれ、バスターミナルから追い出された。
やっと寝場所を見つける
仕方なくバスターミナルを立ち去り、眠い目をこすりながらカリの町を歩く。
教会を見つけ、その前の広場で寝る。
ところが雨がポツポツ降ってくるではないか。
「今日はついていないなあ…」
とぼやきながらシュラフをたたみ、どこか屋根のある場所を探し求めて、また真夜中のカリの町を歩いた。
やっと、いい場所を見つけた。
そこはビルの下で、歩道に張り出した屋根が、雨を防いでくれる。
そこには3人のホームレスの先客がいた。下にダンボールを敷き、毛布にくるまって寝ていた。
「これでゆっくり眠れるゾ」
と、ぼくはさっそく3人の隣りにシュラフを敷き、眠った。
「やられた!」
眠りの中に人の気配を感じたときは、もうすでに夜が明けかかっていた。
「(少し不用意なくらいに)寝込んだな…」
と不安になり、すぐさまバックを見た。
その瞬間、ぼくは我が目を疑った。荷物がない。自分の持ち物のすべてを入れたバックがない。
「やられた!」
水筒を枕にし、そのひもをバックに結びつけていたので、もし誰かが盗ろうとしたら、すぐに目がさめると信じていた。だが、それは過信でしかなかった。何者かによってひものほどかれた水筒が歩道にころがっていた。
そのバッグというのはケニアのナイロビで買った布製のもので、すでに汚れきり、まっ黒になっていた。中には1日も欠かさずにつけていた日記帳や世界中でお世話になった人たちの住所を書いたノート、すでに使い終わった4冊のパスポート、カメラ、フィルム、地図、メモ帳などが入っていた。
それらは盗った人間には何ら役に立つものではなかったが、ぼくにはかけがいのない大切なものばかりだった。
隣りに寝ている人をたたき起こし、
「ここにあったバッグをどこにやった」
と、ぼくはまくしたてたが、
「知らないよ」
と、その男は今にも泣きだしそうな顔をする。
もし、その男が盗ったのなら、いつまでもぼくの隣りに寝ているはずがない。そんなこともわからないほど、ぼくは冷静さを失っていた。