賀曽利隆の200万キロへの道[53]
2026年2月4日
野島崎は生きている
房総半島を内房と外房に分ける洲崎を出発。Vストローム250SXを走らせ、房総フラワーラインを行く。外房の海の向こうには伊豆大島が見える。
国道410号に合流すると安房一宮の安房神社を参拝。安房には洲崎神社と安房神社、2社の一宮がある。安房神社の周辺は「野鳥の森」で自然の宝庫になっている。
安房神社の参拝を終えると、国道410号で房総半島最南端の野島崎へ。
野島崎は地名通り「野島」という島だった。それが元禄大地震(1703年)で陸地につながった。さらに関東大震災(1923年)で隆起し、岬周辺は岩礁地帯になった。野島崎は生きている岬といっていい。
野島崎に到着すると、まずは厳島神社を参拝。ここには見事な男根と女陰が奉納されている。安房の石工、武田石翁の作だといわれる「七福神」もある。
そして灯台へ。野島埼灯台は登れる灯台(300円)。灯台の上から野島崎最南端の岩場を見下ろし、白浜を一望する。
野島埼灯台は1866年(慶応2年)、米、英、仏、蘭の四ヵ国条約によって建てられた日本初の洋式八灯台のひとつ。三浦半島の観音埼灯台に次いで1869年(明治2年)12月に初点灯。全国にある2600余の灯台の中では2番目に古い歴史をもっている。
ところで野島崎は「安房白浜」の岬だが、海岸線は白浜というより黒磯。それなのに、なぜ白浜かといえば、紀州の白浜に由来しているからだ。「黒潮の道」で結ばれた紀州と房州は近い。房州の漁業を発展させたのは、この地に移り住んできた紀州の漁民たち。当時の紀州の漁民たちは日本最先端の漁業技術を持っていた。












