2010年6月23日

謝謝! 再見!

 台湾北部の中心都市、基隆までやってきた。町を流れる基隆川にかかる橋の上でアドレスV125Gを止め、川の流れと川の両側の町並みを眺めた。

 基隆は高雄、花蓮とともに台湾の三大国際港になっているが、重要度でいえば基隆と高雄は台湾の二大港といっていい。

 かつては名古屋から大阪、那覇、宮古、石垣と経由し、台湾の基隆から高雄まで行く有村産業の大型フェリーが就航していた。有村のフェリーに乗るたびに「いつの日か、バイクと一緒に基隆港まで行きたい!」と熱望したものだ。

 先にもふれたことだが、人のみなら問題なく基隆でも高雄でも行けた。しかしバイクを持ち込むのは、ほとんど不可能といってもいいほど難しかった。

 その有村のフェリーは今はない。有村のフェリーがなくなってしまったばかりに、「日本一周」で沖縄本島から宮古、石垣まで行くのは難しくなった。飛行機には積めず、那覇港から貨物船で宮古、石垣に送るしかない。かつては「日本一周」ライダーのパラダイスだった石垣島だが、有村のフェリーがなくなってからというもの、ツーリングライダーの姿は消えた。

 そのようないきさつがあったので、基隆に到着した時は長年の夢がかなったような喜びを感じ、「やったね!」と叫んでやった。

 基隆ではスズキの販売店を訪問。販売店の社長ご夫妻には大歓迎され、甘さたっぷりのマンゴーと冷えたスイカ、パイナップルをいただいた。持ちきれないほどのおみやげもいただいた。そのあと販売店の社長の案内で町中の食堂へ。そこで昼食。メインはシューマイ。さすが本場、基隆のシュウマイはうまかった。

 昼食を終えると、スズキ販売店のサービス工場も見せてもらった。そこではお客さまのスクーターの排ガスチェックをしていた。筒状の検査器を排気管に差し込むと、すぐさまモニターの画面に分析された排ガスがデジタル表示される。排ガス規制の厳しい台湾。排ガスの数値が正常の範囲内だと、販売店がナンバープレートにステッカーを貼る。

 基隆から台北へ。いよいよ「台湾一周」も最後の行程。アドレスを走らせ、基隆川沿いの道を行く。

 突如、黒雲が空を駆け巡り、ザーッと雨が降ってくる。あわてて雨具を着たが、南国のスコールを思わせるような激しさ。雨をついて走り、台北の市内に入っていく。

 台湾が世界に誇る超高層ビル、「台北101」前の広場でアドレスを止めた。高さ508メートル。地上101階建の上層部は雨雲の中に隠れて見えなかった。

「台湾一周」の最後はスズキの販売店めぐり。3店をまわったのだが、どこでも歓迎され、さらに持ちきれないほどの贈り物をいただいた。それぞれの販売店には「歓迎・鉄人賀曽利隆」の横断幕が張られ、店内に手製のカソリポスターを貼っている店もあった。

 驚いてしまうのは、どの店にも大勢のライダーが詰めかけていたことだ。大半は若きライダー。台湾の元気さを象徴しているかのようだ。

 台北市内のスズキの「販売店めぐり」を終え、20時過ぎ、台鈴工業の本社前に到着した。ここが「台湾一周」のゴール。全行程1436キロの「台湾一周」。アドレスはノントラブルで走りきってくれた。同行してくれた李さんをはじめとする台鈴のみなさんには心からお礼をいった。

「謝謝(ありがとう)!」

「台湾一周」に同行してくれた台鈴のみなさんと近くの食堂「百里香」で夕食。旦那と奥さんの2人でやっている小さな店だ。まずは「台湾一周」の成功を祝って「台湾ビール」で乾杯。うまい。五臓六腑にしみわたる。肉汁たっぷりの小籠包をつまみながら「台湾ビール」を飲み干した。テーブルには次々と台湾料理が出てくる。

 まずは炒青菜。毎日のように食べたが、飽きのこないシンプルな料理。朝粥にもよく合う。そのあとはネギと牛肉の炒め物、青菜と貝の炒め物と、中華鍋で炒めた炒めものがつづく。さらには鉄鍋で青菜とイカを炒めたイカ鍋、エビフライが出た。これが台鈴のみなさんとの最後の食事になった。

 デザートのマンゴーを食べ終わると、スーッと胸の中を風が吹きぬけていくような寂しさを感じた。みなさん、ほんとうにいい人たちだった。台鈴工業の本社前に戻ると、みなさんと何度も握手をかわして別れた。

「再見(さようなら)!」