賀曽利隆食文化研究所(22)士別編

『ツーリングGO!GO!』(三栄発行)2004年8月号 所収

序論

 札幌からさらに北へ。スズキDR−Z400Sで北の大地を突っ走り、塩狩峠を越えて士別へ。目指すは士別郊外にある「羊と雲の丘」。ここは100頭あまりの羊を飼育する牧場で、羊肉料理のレストラン「羊飼いの家」や羊の博物館「世界のめん羊館」がある。

調査

 さっそくレストラン「羊飼いの家」で「生ラムのフライパン焼き」、「ラムのリブステーキ」、「羊飼いのカレーライス」の3品を食べた。

「生ラムのフライパン焼き」は目の前のフライパンでジューッと焼き上げた熱々の肉をタレにつけて食べるのだが、フーフーいいながらいくらでも食べられる。さっぱり系のタレがラム肉によく合っている。

 我々、日本人は羊肉と言うとすぐに「くさみ」を連想するが、それがまったくない。ここで飼育された羊の肉だからであろう。

 羊肉がくさいというのは、かつての日本に輸入された羊肉の話だ。

 ぼくは世界中で羊肉を食べてきたが、ラム(子羊)だろうがマトン(成羊)だろうが、その地で飼っている羊肉にまったく「くさみ」などはなかった。

 2品目の「ラムのリブステーキ」は骨つき肉で、肉にはしっかりとしたかみごたえがある。最後に骨にくっついている肉を歯でむしりとるのだが、これがじつにうまい。この「ラムのリブステーキ」を食べていると、「オーストラリア一周」のシーンが思い出されてならなかった。大皿からはみ出るようなラムステーキを何度となく食べたからだ。

 3品目の「羊飼いのカレーライス」を食べていると、「インド横断」がなつかしく思い出された。カレーの本場のインドでは、ヒンズー教徒はビーフ、イスラム教徒はポークを食べないので、食堂のカレーの肉と言えばマトンかチキンが一般的だ。ぼくは「マトン・マサラ(カレー)」が好きで、毎日のように食べていた。

結論

 明治初期、札幌郊外の月寒牧場で初めて羊が飼育されてからというもの、北海道では各地で羊が飼育されるようになった。それにともなって、羊肉料理は日本で唯一、北海道で根づいた。国道沿いの食堂で「松尾ジンギスカン」の看板を目にするのも北海道ならではのものだ。食文化というのは極めて保守的なもので(それがまた食文化のおもしろさなのだが)、なかなか新しいものは定着しない。羊肉料理はまさにその典型といっていい。

 それが北海道に根づいた一番の理由は、北海道が「日本の新大陸」だからだと、ぼくはそう考えている。新大陸というのは、新しい文化をどん欲に取り入れる懐の深さを持っているし、きわめて高い柔軟性をも持っているからだ。