東北を行く[06]~3.11から2年~(3)

『バイク旅行』2013年夏号より

女川の町を貫く新しい国道398号はこの高さになる。5・4mの表示があるが、見上げるような高さ。あまりの高さに、「ほんとうにできるのだろうか」と思ったほどだ
▲女川の町を貫く新しい国道398号はこの高さになる。5・4mの表示があるが、見上げるような高さ。あまりの高さに、「ほんとうにできるのだろうか」と思ったほどだ
旧北上川、道を塞いでいた乗り上げ船は撤去されていた

 2013年3月14日。東松島市の中心、矢本の町から石巻へ。石巻駅前でビッグボーイを停め、石巻駅を起点にして石巻をまわった。

 ゴーストタウンと化した旧北上川の川沿いはそのままの風景だが、道をふさいでいた乗り上げ船は撤去されていた。川岸から日和山に登り、展望台から旧北上川の河口と石巻漁港を見下ろした。山裾と海の間の瓦礫は撤去され、一面の更地になっていた。

 次に石巻漁港へ。遅々として復興の進まなかった石巻漁港とその周辺だが、やっと動き出した。漁港の岸壁はかさ上げされ、漁船が接岸している。仮設の魚市場も完成した。水産加工場も次々に完成している。東北太平洋岸有数の漁港、石巻港が復興すれば、石巻の町全体が活気づく。

 うれしかったのは仮設の市場食堂、「斉太郎食堂」の営業再開だ。以前の「斉太郎食堂」と比べるとずいぶん狭くなったが、食堂内はほぼ満員という盛況ぶり。すこし早めの昼食にし、「海鮮丼」(1000円)を食べた。

 石巻からは国道398号で女川へ。すでに瓦礫は撤去されているが、倒壊してひっくり返ったビルはそのまま残っている。ここで驚かされたのは、町中を貫く新国道。計画路線は見上げるような高さ。ほんとうにできるのだろうかと思うほどの高さなのだ。女川の被害は甚大。犠牲者は922人で、何と住民の11人に1人が亡くなっている。今回の大津波での死亡率第1位の市町村は女川町になる。

 女川から国道398号で三陸のリアス式海岸を行く。ふたたび石巻市に入り、雄勝へ。東日本大震災の大津波のシンボル的な存在だった公民館の屋根上に乗ったバスは3・11から1年を機に降ろされたが、その公民館も取り壊されていた。雄勝湾の一番奥の雄勝には何も残っていない。ひとつの町が完全に消え去った。

南気仙沼駅、2年がたちようやく浸水した水は完全に引いた

 雄勝から釜谷峠を越えると東北一の大河、北上川の河畔に出る。そこには新北上大橋がかかっている。新北上大橋のたもとには、大川小学校がある。80人以上の生徒や先生方が亡くなった。大川小学校の校舎はまだそのまま残っていた。

 新北上大橋を渡り、北上川の河口に立ち、相川漁港へ。ここには相川小学校がある。海岸のすぐ近くにあるのにもかかわらず、70余名の生徒、全員が無事だった。地震発生と同時に生徒たちは教職員と一緒に小学校の裏山を駆け登ったからだ。同じ石巻市内にある大川小学校と相川小学校は、あまりにも対照的な明暗を分けてしまった。

 石巻市から南三陸町に入る。南三陸町の中心、志津川に入っていくと、震災から2年が過ぎたというのに、復興にはほど遠い光景が広がっている。志津川漁港に行くと大津波によって破壊された防潮堤はそのままだったが、造船所では新しい漁船が造られていた。

 国道45号で南三陸町から気仙沼市に入っていく。JR気仙沼線の南気仙沼駅周辺は大津波に激しくやられたところだが、大震災から2年がたち、浸水した水は完全に引いていた。手つかずだった瓦礫も大半が撤去されていた。それが気仙沼線の終点の気仙沼駅周辺になると、ほとんど大津波の被害を受けていない。

 気仙沼湾は奥深くまで切れ込んだ海。その海を突っ切って何隻もの大型漁船が陸地に乗り上げた。震災直後は折り重なった乗り上げ船の下をくぐり抜けていく迷路のような道もあった。それが、今では大型漁船1隻を残して、すべての乗り上げ船は撤去された。残った乗り上げ船をめぐっては、保存か撤去かで今、気仙沼は議論の最中だ。

枯れた「奇跡の松」の復元工事が終ろうとしていた

 気仙沼を最後に、宮城県から岩手県に入った。

 国道45号で陸前高田の町に入っていく。今回の「平成三陸大津波」では一番、といってもいいような大きな被害を受けた陸前高田。かつての町並みは消えたままで、いまだに復興の芽すら見られないが、枯れた「奇跡の松」の復元工事はほぼ終ろうとしていた。「日本三大松原」に次ぐくらいの高田松原は全滅し、7万本以上もあった海岸の松はすべて流された。その中でかろうじて残ったのが「奇跡の松」だった。

 陸前高田の海岸は地形も変わり、高田松原海水浴場の長い砂浜は消えた。

 国道沿いの高層ホテルは取り壊されたが、道の駅「高田松原」の建物は無惨な姿をさらして残っていた。その前には新しい慰霊碑が建っていた。慰霊碑の壁には、震災前の陸前高田の駅前通りの写真が貼られてあった。その1枚の写真に胸がジーンとしてしまう。

 陸前高田から通岡峠を越え、大船渡市に入っていく。JR大船渡線の線路はJRバス専用の舗装路に変わり、赤いハイブリッドバスのBRTが走っている。活気を取り戻した大船渡漁港から、かつての大船渡の中心街へ。瓦礫は完全に撤去されている。そして大船渡線の終点の盛駅に到着。盛駅の周辺は大津波の影響をほとんど受けていない。

 コンビニで食材を買い、大船渡郊外の富山温泉「沢乃湯」に泊まった。