能登半島を行く[03]

2024年2月9日

志賀町で宿を確保

 能登の中心、七尾を出発。国道249号を北へ。七尾市は2004年10月1日、七尾市と田鶴浜町、中島町の1市2町が合併し、より広い七尾市になった。七尾市に限らず能登は平成の大合併で、行政地区、地区名が大きく変わった。

 七尾市の旧田鶴浜町を通り、旧中島町に入る。国道249号はのと鉄道の線路に沿っているが、七尾から穴水までの路線のうち、七尾〜のと中島間は2月15日に営業を再開するという。

 中島で国道249号から能登半島横断の県道23号に入っていく。志賀町に通じるルートだ。その途中で「ゲストハウスきち」に立ち寄った。代表の浅川(旧姓遠藤)まゆみさんにお会いし、「地震御見舞い」を伝える。浅川さんは以前とかわらない明るさ、元気さでホッとした。

 2020年には「ゲストハウスきち」は広島の宮島口にあった。当時は旧姓の遠藤まゆみさんで、「カソリさん、よく来てくれました!」と大歓迎された。ひと晩、泊めてもらったのだが、大勢のライダーのみなさんが集まり、その夜の「ゲストハウスきち」は大盛り上がりだった。

七尾の中心街を行く。地震による被害は見られない

七尾の中心街を行く。地震による被害は見られない

七尾の国道160号と国道249号の交差点

七尾の国道160号と国道249号の交差点

七尾からは国道249号を行く。大津地区を通過

七尾からは国道249号を行く。大津地区を通過

七尾の中島町の「ゲストハウスきち」を訪問

七尾の中島町の「ゲストハウスきち」を訪問

「ゲストハウスきち」の看板

「ゲストハウスきち」の看板

「ゲストハウスきち」の浅川(旧姓遠藤)まゆみさんとガッツポーズ!

「ゲストハウスきち」の浅川(旧姓遠藤)まゆみさんとガッツポーズ!

広島時代の「ゲストハウスきち」の遠藤まゆみさん

広島時代の「ゲストハウスきち」の遠藤まゆみさん

「ゲストハウスきち」を出発し、県道23号で志賀町へ。この県道23号沿いではポツンポツンと倒壊した家屋が見られた。ゆるやかな盤谷峠を越えて志賀町に入る。

 志賀町は2005年9月1日に南の志賀町と北の富来町が合併して誕生し、新しい志賀町になった。今回の能登半島地震では震度7の激震に見舞われた志賀町だが、旧富来町の中心街に入っても地震による大きな被害は見られなかった。

 旧富来町から国道249号で旧志賀町へ。すっかり日の暮れた頃、旧志賀町の中心街に入った。道の駅「ころ柿の里しか」はやっていなかったが、町はいつもと変りないように見えた。ガソリンスタンドは営業しているし、持ち帰りのすし店はやっているし、「8番ラーメン」はやっているし、能登半島では圧倒的に強い「ファミリーマート」もやっている。

 そんな志賀町の中心街で「はしみ荘」という宿をみつけると、ダメもとで「すいませ〜ん、今晩、泊めてもらえますか」と聞いてみた。するとビックリ、1人1部屋で2部屋が取れたのだ。信じられなかった。宿泊は無理だろと予想していたので、我々はシュラフ持参で車中泊を覚悟していた。

 宿を確保できたので、志賀町から国道249号を南下して羽咋市に行き、千里浜の日帰り温泉「ユーフォリア千里浜」(入浴料460円)の湯に入った。大浴場と露天風呂。大浴場の赤茶けた湯と露天風呂の無色透明の湯にどっぷりつかった。

能登半島横断の県道23号を行く

能登半島横断の県道23号を行く

県道23号沿いではポツンポツンと倒壊した家が見られた

県道23号沿いではポツンポツンと倒壊した家が見られた

夕日に向かって走る

夕日に向かって走る

志賀町に到着。震度7の激震に見舞われた志賀町だが大きな被害は見られない

志賀町に到着。震度7の激震に見舞われた志賀町だが大きな被害は見られない

志賀町からは国道249号を南下。右手に日本海が見えている

志賀町からは国道249号を南下。右手に日本海が見えている

志賀町の「はしみ荘」に泊る

志賀町の「はしみ荘」に泊る

羽咋市の日帰り温泉「ユーフォリア千里浜」の湯に入る

羽咋市の日帰り温泉「ユーフォリア千里浜」の湯に入る

 志賀町に戻ると、「ファミリーマート」で缶ビールと夕食の弁当を買い、「はしみ荘」の部屋で渡辺さんと乾杯。能登半島の第1日目を無事に走り終えたほんとうによかった。カローラフィルダーの走行距離は609キロ。運転してくれた渡辺さん、ご苦労さま!

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