賀曽利隆の観文研時代[142]

六大陸食紀行

共同通信配信 1998年〜1999年

第13回 中央アジア・新疆

 北に天山山脈、南に崑崙山脈、西にパミール高原と、高い山々に囲まれた中央アジアのタクラマカン砂漠を一周した。その出発点は中国・新疆ウイグル自治区の中心地ウルムチ。

 オアシスの町や村の食堂で一番よく食べたのは、こねた小麦粉を手で延ばした手延麺。ゆであげた麺の上に羊肉や野菜類の具がどさっり入ったトマトベースの汁をかけて食べる。イタリアのスパゲティーのような食べ方だ。

 とある食堂で麺のつくり方を見せてもらった。まず塩水と脂を使って小麦粉をよくこねる。それをちぎり、棒状にし、両手で振り回して麺にする。鮮やかな手さばきだ。まるで目の前で魔法でも見せられたかのように、あっというまに麺が出来上がる。その間、道具は一切使わない。人間の手だけなのである。

 それと饅頭だ。食堂の店先にはたいてい蒸籠(せいろ)を置いて、饅頭を蒸かしている。中には何も入っていない饅頭が多く、それをご飯とかパンがわりにして食べる。

 これら麺、饅頭というのは東アジアの小麦・粉食圏(穀物を粉にする)特有の食べもので煮たり蒸したりする。中央アジアもその食文化圏に含まれているのがよくわかる。

 “アジアの十字路”といわれる中央アジアのおもしろさは“麺・饅頭圏”であるのと同時に、西アジアの小麦・粉食圏特有の薄焼きパン“ナン圏”にも含まれることである。

 崑崙山脈北麓のホータンはシルクロード、西域南道の要衝の地。その昔『大唐西域記』を書いた僧の玄奘や『東方見聞録』を書いたマルコポーロらがこの道を通り、ホータンに滞在している。

 私はこのホータンでは、夜明け間近の町を歩いた。まだ町全体が寝静まっていたが、唯一、明かりをつけて店を開けていたのがナン屋だ。それは中央アジアが“ナン圏”であることを強烈に感じさせる光景。さらに食堂の店先では饅頭を蒸かす蒸籠と並んで鉄鍋でピラフを炒めている光景もよく目にした。ピラフは西アジアの米料理である。

東の饅頭を蒸し、西のピラフを炒める新疆の食堂(中国)
東の饅頭を蒸し、西のピラフを炒める新疆の食堂(中国)

 東アジアと西アジアの二つの大きな文化圏がぶつかり合う中央アジアは、まさに“アジアの十字路”なのである。

第14回 中央アジア・モンゴル

 モンゴルの首都ウランバートルを出発点にして“草原の国”をバイクで走った。草原のいたるところで羊や山羊、馬、ラクダなどの家畜の群れを見る。遊牧民のテントのゲルもよく見かける。

ゲル内でタン茶を持つ遊牧民(モンゴル)
ゲル内でタン茶を持つ遊牧民(モンゴル)

 ゲルの中からは、バイクのエンジン音を聞きつけ、大人も子供も飛び出し、手を振ってくれる。牧羊犬が吠えまくり、ものすごい勢いで追いかけてくる。

 バイクを停めてゲルを何度となく訪ねた。そのたびにみなさんには歓迎され、馬乳酒をふるまわれた。

 馬乳酒は馬の乳を発酵させたもので、アルコール度数の低い酒。モンゴル人の夏の間の主食といっていいほどによく飲まれる。

 馬乳酒のほかに牛乳酒やラクダ乳酒もあるが、これら乳酒は搾った乳を皮袋や木桶に入れ、残った乳酒を加え、2000回、3000回も攪拌して発酵させたもの。乳酒を総称してアイラックといっている。この弱い酒のアイラックだけでは我慢できないのが人間というもので、それを蒸留させてつくる強い酒のアルヒもある。

 馬乳酒と一緒によく出してくれたのがアーロール。これは馬乳酒の酒粕を固めたもので、モンゴル人の大好物。チーズの風味があり、堅いやつをカリカリかじって食べるのだ。できたてのビャスラックというチーズを食べさせてもらったこともあるが、日本の堅豆腐のような味わいだった。

 そのほかバターやクリームをつくり、その脱脂乳には磚茶(たんちゃ)と塩を混ぜ乳茶で飲む。ヨーグルトもつくる。草原の草が豊富で、家畜の乳がよく出る春から秋にかけての遊牧民たちの主食は、これら乳製品になる。

 寒さの厳しい冬を越すのが大変だ。11月に入ると1家族で牛1頭、馬1頭、ラクダ1頭、山羊と羊を合せて10頭くらいを殺し、冷凍肉と干し肉にして冬に備える。遊牧民たちの冬の主食は肉になる。

 国民の大半が牧畜民という牧畜国は、世界広しといえども“草原の国”モンゴルをおいてほかにはない。モンゴルは世界でも最たる「牧畜文化」の国であり、食文化的にいえば世界でも最高度に発達した「乳食文化」の国なのである。

第15回 オーストラリア

 オーストラリアは大陸を2周した。全行程7万2000キロ。地球2周分ぐらいの距離を走ったことになる。

 オーストラリア人はアメリカ人と同じように、ハンバーガーが大好きだ。うまいハンバーガーを食べようと思ったらチェーン店ではない店の、ホームメイドのハンバーガーを食べることである。

 そこでは手づくりの、焼き立てのハンバーグをはさんでくれるし、焦げ目のちょっとついたパンの味もいいし、さすがにオーストラリアの国民食と思わせるものがある。

 オーストラリアらしいのはビッグ・ハンバーガーの“ハンバーガー・ウイズ・ア・ロット”だ。文字通り、いろいろなものの入ったハンバーガーで、ベーコンやチーズ、目玉焼き、パイナップル、トマト、レタス、タマネギ、ビートなどがはさまっている。値段は日本のラーメン1杯分くらいで、これひとつで十分に満腹感を味わえる。

 このビッグ・ハンバーガーは厚さが十数センチにもなるぶ厚いもの。最初のうちは具をポロポロこぼしていたが、そのうちに慣れ、こぼさずに食べられるようになった。

 オーストラリアは“オージー・ビーフ”の国だけあって肉、とくに牛肉は安い。日本だったらグラム単位で買うところを肉食民のオーストラリア人は、キロ単位で買っていく。なにしろ肉が安いので、レストランでもごくふつうにステーキを食べられる。

野外パーティーで豪快にビフステーキを焼く(オーストラリア)
野外パーティーで豪快にビフステーキを焼く(オーストラリア)

 おもしろいことに、肉の値段に違いはあっても、フィレステーキもTボーンステーキもラムステーキも、レストランで食べるステーキの値段にはそれほどの違いはない。300グラムから400グラムぐらいのステーキにジャガイモを細長く切って油で揚げたポテトチップスとサラダがついて10ドル(約800円)ほど。日本でいえば食堂で定食を食べるようなものである。

 1人当たりの肉消費量が世界一という“肉食文化”の国オーストラリアで、私は3日に1度はTボーンステーキを食べるのだった。

 今回を最後に15回の連載を終えるが、六大陸の食べ歩きというのはきれいに色分けされた世界の食文化圏を見てまわる旅でもあった。