賀曽利隆の観文研時代[127]

賀曽利隆食文化研究所(16)気仙沼編

『ツーリングGO!GO!』(三栄発行)2003年12月号 所収

 

序論

 気仙沼漁港のカツオの水揚げは、他港を圧倒して日本一。

「日本一」を見たくなるのは、我らツーリングライダーの本能のようなものである。

「戻りがつお漁」がはじまったというニュースを聞くと水揚げのシーンを見たくなった。

 2003年の9月上旬、午前0時を期してDR−Z400Sで東京を出発。真夜中の東北道を北へ。一関ICで東北道を降り、国道284号で夜明けの気仙沼に到着。気仙沼漁港に直行した。

調査

 気仙沼漁港の岸壁には、5隻のカツオ一本釣り漁の漁船が停泊していた。船室の壁にズラズラッと立てかけられた釣り竿が、カツオの一本釣り漁を物語っていた。

 それら漁船の船籍が興味深い。宮崎県日南市が2隻、それと宮崎県南郷町、三重県紀伊長島町、静岡県御前崎町の5隻で、すべてが県外の船だった。

 それぞれの港からカツオを追って気仙沼までやってきたということだ。

 そのうち日南市の「第3神徳丸」の乗組員に話を聞くいた。

 5月上旬に目井津漁港(南郷町)を出港し、太平洋を北上するカツオの群れを追って漁をつづけ、7月には気仙沼にやってきた。戻りがつお漁が終わる11月中旬には日南市に戻るという。

 この戻りがつおというのはふっくらとして、たっぷりと脂分をふくんでいる。

 小名浜や石巻、気仙沼などの東北のカツオ漁の拠点となる港では、さっぱり系の初がつおよりも、こってり系の戻りがつおの方が好まれている。

「第3神徳丸」は午前5時に気仙沼漁港に接岸し、競りの始まる7時までの2時間で17トンのカツオを大、中、小のサイズに分けて水揚げした。

 大は3キロを超えるという。

 とれたてのカツオなだけに、銀白の腹に走る何条かの縞模様が鮮明だ。

 広い魚市場いっぱいにカツオの入った容器が並べられ、7時に競りが始まった。

 業者が入札し、落札結果がアナウンスされる。

 落札した業者はすぐさま、カツオ満載の容器をトラックに積み込み、魚市場を飛び出していった。

 傷みやすいカツオは時間との勝負。鮮度が落ちれば、値段もガクンと落ちてしまう。

 水揚げ→競り→出荷と時間との激烈な戦いが見られる気仙沼漁港だった。

 カツオの水揚げと競りを見たあと、魚市場に隣りあったレストラン「海の市」でカツオの刺し身とタタキを食べた。さすが鮮度満点のカツオだけあって、生きの良さはひと目でわかる。

 刺し身もたたきも、ともに存在感のある色艶をしている。

 刺し身とたたきには、ともにニンニク、ショウガ、ワサビ、それと刻みネギが添えられている。

 これがおもしろい。

 東京あたりではカツオといえばショウガ醤油で食べるのが一般的だが、九州や四国などではニンニク醤油で食べる方が一般的だ。それが気仙沼ではニンニク、ショガのほかにワサビまでついていた。

「お好みの味でどうぞ」

 といことなのだろうが、カツオを食べる食習慣がそれほど古くからは根づいていないという証明だと推理した。

 ぼくの好みでいえば、初がつおはショウガ醤油で、戻りがつおはニンニク醤油でということになる。

 気仙沼で戻りがつおを食べてみて感じたのは、青葉の季節に食べる初がつおよりも、よっぽど味がいいということだった。

 江戸っ子はとくに初がつおを好んだ。

「女房を質に入れてでも食べたいのが初がつお」

 といわれたほどで、その伝統から初がつおが実際の味以上に貴ばれ、好まれてきたといえる。

 それともうひとつ、気仙沼でカツオの刺し身とたたきを食べ比べてみて、刺し身のうまさが際立ったこと。

「なにもたたきにしなくてもいいではないか」
 と思ったほどだ。

 これも戻りがつおの味のよさからきている。

結論

 ぼくにとってはカツオほど、我がツーリングシーンに登場する魚はない。

 有人島としては日本最南の波照間島で泊まった民宿では、奥さんが夕方とれたカツオを刺し身にし、大皿に盛ってくれた。さらに波照間産の泡盛「泡波」をビンごと、ドンと置いていってくれた。カツオの刺し身と「泡波」の取り合わせは絶妙だった。

 九州のカツオ漁の拠点、枕崎港の食堂ではカツオの内臓煮、山川港の食堂ではハラカワ(腹皮)の塩焼きを食べた。

 土佐では各地でカツオのたたきを食べた。土佐というと、カツオのたたきが食べたくなる。土佐の豪華料理「皿鉢料理」の主役はカツオのたたき。「皿鉢料理」から抜け出たカツオのたたきは土佐を代表する郷土料理になっている。

 厚く切った切り身を青紫蘇の葉とニンニクで食べると、
「う〜ん、これぞ土佐!」
 と思わずうなってしまう。

 志摩の和具港の食堂ではカツオ漁の漁師料理から始まったといわれる名物料理の「手こねずし」を食べた。カツオの赤身がマグロの赤身以上の赤さに見えた。

 昨年(2002年)の「東北一周」では、小名浜漁港の食堂でカツオの刺し身を食べた。じつにうまいカツオだった。

 食堂の奥さんは、
「小名浜のカツオは、日本でも一番、おいしいのよ!」
 と自慢していたが、その言葉が忘れられない。

 カツオは回遊魚。

 沖縄よりもはるか南方の海で生まれたカツオは、黒潮にのって4月下旬ごろ九州沖を通過し、9月初旬ごろ青森県の沖合まで北上する。

 そこからふたたび生まれ故郷を目指して南下する。

 この謎の多い神秘的な回遊を毎年、繰り返している。

 回遊ルートの地点の違いによって、季節の違いによって、味も大きさも変わってくるのがカツオだ。

 日本各地でカツオを食べてみるとわかる「カツオ食文化圏」。

 カツオ料理から見える日本。それが食文化を追い求めるツーリングのおもしろさというものだ。

※気仙沼の取材は東日本大震災(2011年)以前のものです。