賀曽利隆の観文研時代[126]

賀曽利隆食文化研究所(15)女川編

『ツーリングGO!GO!』(三栄発行)2003年10月号 所収

序論

 ホヤは三陸海岸を代表する珍味といっていい。

 その姿、形から、「海のパイナップル」ともいわれている。

 形容するのが難しいほどに独特の味のするホヤを食べると「三陸海岸にやってきた!」という強烈な実感が味わえるし、この味を一度、体験すると、2度と忘れられないものになる。

「ホヤを食べたい!」
 と思い立つと、三陸海岸までバイクを走らせたくなるほどなのである。

 7月から8月にかけてがホヤの旬になる。

 この季節のホヤは、うま味と甘味がぐっと増す。

調査

 2003年の夏、調査開始。

 東京からDR−Z400Sを走らせ、旬のホヤを求めて三陸海岸へ。

 目的地は三陸リアス式海岸の玄関口の女川だ。

 東北道の仙台南ICから仙台南部道路→仙台東部道路→三陸道と走る。

 三陸道は石巻河南ICまで開通しているので、女川には行きやすくなった。

 石巻から国道398号で女川へ。

 女川の市街地を通りすぎたところにある「崎山展望台」に立ち、奥深くまで切れ込んだ女川湾とその一番奥に位置する女川漁港、その背後に広がる女川の市街地を一望する。

 いかにも「三陸のリアス式海岸」といった風景だ。

 三陸のリアス式海岸はここよりはじまる。

 この風景をしっかりと目に焼き付けたところで女川漁港へ。

 漁港前の「マリンパル女川」の海鮮市場を歩く。水揚げされたばかりのホヤが山盛りにされ、さらにホヤの加工品の「蒸しほや」や「ほやの塩辛」も見られる。

 さっそくホヤを賞味しようと2階のレストラン「古母里」へ。

 ここにはホヤのメニューが3品あった。

 ホヤ酢とホヤサラダ、それとホヤのスパゲティだ。

 これら3品のホヤ料理を食べた。

 生のホヤを酢につけて食べる「ホヤ酢」はシンプルだが、これがホヤを味わうのには一番いい。鼻にツーンと抜けるようなホヤ特有の風味は揮発性の微量成分の不飽和アルコールによるものだという。

 その味覚というのは苦味とも違うし、甘味や辛味、酸味、塩辛味とも違うもの。

「五味」
 では表現できない味なのだ。

 口の中に残る味は、「これがホヤですよ!」といわんばかりのもので、もう「ホヤ味」としか言いようかない。日本にはこういう味もある。

結論

「古母里」の調理人の赤沼和明さんにホヤについての話をうかがった。

 ホヤはもともとは外海でとれる天然ものだけだったが、今では内海での養殖が盛んになっている。天然ものと養殖ものでは、それほど味は変わらないという。

 ホヤはそれ以上に鮮度が命だ。

「古母里」では、朝とれたホヤだけを出している。1日たったホヤはガクンと味が落ちてしまう。時間がたつとパンパンになってくるので、一目でわかるという。

 ホヤは牡鹿半島以北の三陸海岸でよくとれる。

 ホヤを最初に食べた人は、まさに食の冒険家。きっと恐る恐る食べたに違いない。そんな先人のおかげで、今ではホヤは三陸海岸の名物になっている。

 ホヤというと独特の味とにおいに拒絶反応を示す人も多いが、大半の人は鮮度の落ちたホヤを食べているからだ。

 とれたのホヤの味にはそれほどクセはないし、においもそれほど強くない。

 それどころか、ほのかに漂う磯の香りはたまらないほどの食欲をそそる。

 ホヤは三陸の海でとれたばかりのものをこの地で食べるのに限る。交通機関が発達し、冷凍技術が発達し、高速道路を使った物流が盛んになったといっても、女川のホヤはここで味わうのが一番だ。

 女川の風土に根づいた味、これぞまさしく郷土料理というものである。

※女川の取材は東日本大震災(2011年)以前のものです。