2010年6月19日

台湾最古の都市「台南」へ

 北港の朝天宮前を出発し、アドレスV125Gを走らせて嘉義へ。

 嘉義に到着すると、レストラン街にある「青松餐庁」で昼食。フカヒレスープに始まり、タコとウナギのサラダ、炒米粉、炒飯、アワビ、カラスミ、エビ、豚足と次々に台湾料理が出てくる。締めはカニ鍋。大変なご馳走だ。

 嘉義の町を出ると、じきに北回帰線に到着。そこには北回帰線天文広場があり、北回帰線のモニュメントが建ち、第一代目から第四代目までの歴代の北回帰線標も並んで立っている。それを見ていると、半年前に走った「広州→上海2200キロ」が思い出されてならなかった。広東省で北回帰線を越えたのだが、この嘉義の北回帰線のようなモニュメントはなく、どこが北回帰線で、いつ北回帰線を越えたのかもわからないまま、通り過ぎた。北回帰線をめぐる台湾と中国の違いだ。

 台湾南部の中心都市、台南に到着。台南は台北、高雄、台中に次ぐ台湾第4の都市。16世紀後半、漢民族がこの地に移り住み、台南の都市としての歴史が始まった。

 1653年には台湾南部に進出したオランダ人が台湾支配の根拠地としてプロビデンシャ城(紅毛城)を築いた。

 1661年、鄭成功はオランダ人勢力を撃退。

 清朝中期にはこの地に台湾府が置かれ、1887年には台南府と改められた。

 台湾最古の都市の台南は200年近くもの間、台湾の首府だった。そんな歴史を持っているので台湾の京都ともいわれる。

 台南の町は台南駅東側の新市街、西側の旧市街に分かれている。旧市街には台南運河が流れているが、運河を渡ると歴史の古い安平地区になり、オランダ、鄭成功が拠点とした安平古堡がある。

 台南に到着すると、まずは天后宮へ。ここは「台南大媽姐廟」とも呼ばれ、媽姐をまつっている。造られたのは1664年のことで、鄭氏政権の崩壊後、媽姐廟につくり変えられた。

 天后宮の参拝を終えると夕暮れの台南の町を走り、創業100年という老舗の店「度小月」で夕食。ここの名物は担仔麺。麺は沖縄ソバ風。担仔麺を食べ終わるとサメ皮、揚げ物、焼き魚、カキ、タケノコと台湾料理を食べた。

 台南運河に近い「康橋商旅」に泊ったが、チェックインするとすぐさま部屋のテレビのスイッチを入れた。ワールドカップの日本対オランダ戦を見ようとしたのだが、チャンネル数が多すぎる。全部で115チャンネルもある。きっとどこかでやっているはずだと、しぶとくチャンネルをまわしつづけ、ついに中国語放送の日本対オランダ戦の後半戦を見ることができた。0対1で敗れたが、予想以上の善戦にうれしくなった。それにしても惜しかったのは後半ロスタイムの岡崎のシュート。あれが決まっていたらなあ。