第1回目(5)2011年5月10日-20日
心あたたかな東北人
蒲庭温泉「蒲庭館」の朝食は6時30分から。大広間では仮設住宅建設の工事現場に向かう皆さんが食べている。ぼくは昨夜の夕食につづいての部屋食だ。おかみさんが朝餉の膳を部屋に持ってきてくれたが焼き魚つき。てんてこまいの忙しさなのに、こうして焼き魚を出してくれることに感謝し、ありがたくいただいた。
7時出発。支払いを済ませ、出ようとすると、おかみさんは「これで何か飲んでいきなさい」といって120円をくれた。
じつは昨夜、ぼくの部屋にはお湯の入ったポットがなかった。その分なのだという。ありがたくおかみさんの好意を受けることにし、館内の自販機のカンコーヒーを飲んだ。胸にジーンとしみる味。心あたたかな東北人をここでも見る。
おかみさんの見送りを受けて蒲庭温泉「蒲庭館」を出発。
スズキDR−Z400Sを走らせ、県道72号を北へ。
大津波に襲われた磯谷のこのあたりは一面の荒野。目を覆うばかりの風景が広がっている。緑豊かな田畑や集落はすべて流されてしまった。
ちょっとした高台に登ると、そこには小学校があり、何軒かの家々が無事に残っていた。わずかな高さの違いで大津波の被害を免れたのだ。
高台を下ると、そこは芹谷地。
「谷地」というと湿地を意味するが、平地なだけに大津波の被害は甚大。すべてが流され、きれいさっぱりと何も残っていない。水田跡には流された車が何台もころがっている。あちこちで車が流されたが、その光景は今回の大津波を象徴している。
芹谷地から松川浦へとつづく砂州の道に入ろうとしたが通行止。何と太平洋と潟湖の松川浦を分ける長い砂州は、大津波によって分断されてしまった。
「奥の細道」の象潟が「象潟地震」で隆起し、潟でなくなったように、松川浦も今回の大地震で地形が変わってしまった。
南側から松川浦に行くのを断念し相馬の町へ。
相馬の中心街に入り、中村城跡にある中村神社を参拝。相馬野馬追の相馬の騎馬武者はここから雲雀ヶ原の神旗争奪戦の会場へと向かっていく。
勇壮な東国武者の祭り、それが相馬野馬追だ。
原町の騎馬武者は太田神社から、小高の騎馬武者は小高神社から出発する。
太田神社はほとんど無傷で残ったが、小高神社は爆発事故を起こした東京電力福島第1原子力発電所の20キロ圏内に入っているので立入禁止。このような難関はあるが、なんとしても馬を確保し、今年も相馬野馬追を開催させたいという話を中村神社で聞いた。
乗り上げ船を縫って走る
相馬の中心街から県道38号で松川浦へ。国道6号を渡り、国道6号のバイパスを過ぎると突然、世界が変った。大津波による被災地に入ったのだ。
今回の東日本大震災では地震による被害はそれほど見られない。被害の大半は大津波によるもので、それだけに津波の到達したところと、そうでないところが1本の線によってはっきりと分けられている。
浜通り有数の観光地の松川浦に入った。
その惨状は目を覆いたくなるほどだ。
地盤が沈下したので海水が道路にまであふれている。
漁船が陸に乗り上げて散乱している。
東北各地にすさまじい被害をもたらした「乗上げ船」は、膨大な数の車の残骸同様、今回の大津波を象徴している。これらの陸上に散乱した漁船を撤去するのは大変なことだが、それをしないことには復興は始まらない。
松川浦の海岸一帯では多くの家々が全壊したが、鵜ノ尾岬を目の前にする一角には家々が残り、営業を再開した旅館や店も見られた。
「岬が守ってくれた」
と、地元の人はいっていた。
潟湖の松川浦と太平洋を結ぶ水路にかかる松川浦大橋は通行止。その先の磯谷に通じる大洲松川浦ラインはズタズタに寸断された。
相馬から福島県最北の町、新地に入っていく。
海沿いを走る常磐線の新地駅は流され、グニャッと飴細工のように曲がった跨線橋が無残な姿をさらしている。線路は枕木のついたまま、駅からかなり離れたところまで流されている。駅周辺のかつての町並みには1軒の家も残っていない。あたりは一面のガレキの山だ。
宮城県でも悪夢のような光景は続く
新地から北へ。海沿いの県道38号は橋が落ちて通行不能なので、国道6号で県境を越えて宮城県に入った。
宮城県側は山元町になるが、ここも新地町同様、大きな被害を受けた。
山元町から亘理町へ。
亘理町では県道10号に入り、海沿いのルートを行く。
荒浜の荒浜中学校の校庭には、復興支援の自衛隊の車両が何台も見られた。海岸にあるわたり温泉「鳥の海」は、建物は残っているが大きな被害を受けて休業中。再開のめどはまったくたたないという。せっかく新しい高層の建物に建てかえられたばかりだというのに…。「鳥の海」の前にはガレキの山ができていた。
江戸時代には仙台平野の米の集積地として栄えた阿武隈川河口の荒浜。そんな荒浜は壊滅的な状態。今回の大津波のあまりのすさまじさにもう言葉もない。大津波に破壊されつくして一面の荒野と化した荒浜の町跡に立ち尽くし、しばし茫然とした。まるで悪夢をみているかのようだ。目の前に広がるシーンが現実のものとはどうしても思えなかった。