[1973年 – 1974年]

アメリカ編 4 サンアントニオ[アメリカ]→ ラレド[アメリカ]

8ドルのこだわり

 アメリカでのヒッチハイクは、ヨーロッパとは比較にならないほど簡単で、ニューヨークからメキシコ国境までの5000キロというもの、ほとんど待たずに乗せてもらえた。

 夜中にヒッチしたこともあるし、女性ドライバーに乗せてもらったこともあし、フリーウェーでヒッチハイクして捕まり、ハイウェーパトロールの車に乗せてもらったこともあった(そのときは近くの町まで連れていかれ、そこで無罪放免となった)。

 こうしてメキシコ国境の町ラレドに到着。メキシコ湾に流れ込むリオグランデ川が両国の国境になっている。

 アメリカ側での出国手続きは簡単なものでパスポートを見せるだけ。フリーパス同然だった。

 リオグランデ川にかかる橋を歩いて渡り、メキシコ側の国境事務所に行く。ところがすんなりと入国することができなかった。イミグレーションでトラブルを起こした。

 メキシコに入国するのにビザはいらないといわれていたが、国境の役人に文句をつけられたのだ。

「キミはメキシコからどこへ行くのかね?」
「グアテマラです」
「そうすると、通過になるね。その場合は通過のビザを取らなくてはならないので、8ドルを払いなさい」
「冗談じゃないですよ。旅行者ならビザはいらないはずでしょ」
「確かに旅行者(ツーリスト)ならビザはいらない。しかしキミの場合はグアテマラへの通過だからね。事情が違う」
「いえ、ぼくだって旅行者ですよ。どこがどう違うのですか? メキシコを旅したあと、グアテマラに行くんです」
「いや、違う。キミは旅行者じゃない。たんなる通過だ。8ドルを払いなさい。それがいやならアメリカに戻るのだね」

 頭のはげあがった、ビール樽のように腹の出た醜悪な国境の役人に、ぼくはカチーンときて、堪えきれずに思わず怒鳴ってしまった。
「いいか、絶対に8ドルは払わないゾ!」

国境での座り込み

 国境の役人がその8ドルをポケットマネーにするのでなければ、メキシコ政府のやり口はあまりにも見え透いたものだった。

 つまり、「お金をたくさん持った旅行者なら大歓迎ですよ。さあ、いらっしゃい、メキシコはいい国です。入国のビザも必要ありません」といった具合だ。

 きっとそのような旅行者ならメキシコ滞在中にどんどん金を落としていってくれるはずだ、またビザなしで入国できれば、それだけ観光客が増えるという読みもあるだろう。

 ところがメキシコを通ってグアテマラなどの中央アメリカの国々に向かう旅行者は、メキシコにはあまり金を落としていかない。それだから8ドルという通過のビザ代をとろうという魂胆なのだ。

 戻れ、戻らないの押し問答のあげくに、ぼくは座り込みを決めこんだ。

 醜悪な国境の役人は腹をゆすって「アメリカに戻らないのなら、留置場に入れるぞ」と脅しにかかる。ぼくも負けてはいない。売り言葉に買い言葉で「できるもんなら、やってみろよ」といい返してやった。役人はもうそれ以上は何もいわずに事務所の中に入っていった。ぼくはすわり込みをつづけた。

グレイハウンドで国境通過

 時間がたつにつれて、だんだんバカらしくなってきた。

 仕方ない、8ドル払ってメキシコに入ろうと考えを変えた。さきほどの役人に8ドルを払い、パスポートに通過のビザをもらおうとしたら、今度はなんと「バスの切符がないと入国は認めない。メキシコではヒッチハイクは許されていない」というではないか。やっとおさまりかけたぼくの怒りは爆発し、
「よーし、わかった、アメリカに戻ってやる。もうメキシコなんか、2度と来るもんか!」
 と捨てぜりふを残してメキシコ側の国境事務所を去ったのだ。

 アメリカとメキシコを結ぶ橋(インターナショナル・ブリッジ)の欄干にもたれかかりながら、暗闇に沈んだリオグランデ川をしばらくの間、眺めた。

 気をとりなおすと、アメリカ側には戻らずに、橋の上でヒッチハイクを試みる。メキシコに行く車に乗せてもらえれば、バスの切符を買わないですむからだ。

 だが、アメリカ国内ではあれほど簡単だったヒッチハイクも国境となると勝手が違って、1時間以上ねばったが、うまくはいかなかった。

 ぼくは考えを変えた。

 いったんアメリカに戻り、ラレドの西500キロのエルパソまで行き、そこからメキシコに入ろうと思った。もう絶対に8ドルは払わないという覚悟だった。

 アメリカ側の国境事務所に戻り、今度は入国手続きをする。アメリカへの入国は、出国と違ってチェックが厳しいが、たいした問題もなくふたたびアメリカに入った。

 深夜のラレドの町を歩いていると、グレイハウンドのバスターミナルが目に入る。そのときパッとひらめいた。

 待合室に入り、時刻表を見ると、まもなく発車するモンテレー行きのバスがある。モンテレーはメキシコ北東部の中心地だ。

 ぼくはすぐさまモンテレーまでのチケットを買い、バスに飛び乗った。

 60人ほどの満員の乗客を乗せたバスはアメリカを出国し、リオグランデ川の橋を渡り、メキシコ側の国境事務所に着く。

 あの頭のはげ上がった、ビール腹の国境の役人は、目ざとくぼくの姿を見つけるとジロッと睨み、何しに来たんだという顔をする。

 ぼくは涼しい顔していってやった。

「いやー、考えをかえましたよ。もう、グアテマラには行きません。旅行者(ツーリスト)として2週間ほどメキシコをまわったら、またここに戻ってきますからね」

 ぼくの作戦はまんまと成功し、結局8ドルを払わないでメキシコに入ることができた。

 だが、あまり気分のよいものではなかった。

「たかが8ドルのことなのに‥‥」
 という声が、自分の中から聞こえてくる。

 しかし、宿泊費に金を使わず、食費もギリギリまできりつめて旅している貧乏旅行者にとって、8ドルにこだわるのはどうしようもないことだった。