長崎の築町市場を歩く(2)
1986年
ちゃんぽん、カステラ、べっこう細工、ビードロ細工、唐人館、唐寺、オランダ坂、洋館、天主堂、石橋…と、長崎の町は異国の風、一色に染め上げられている。
長崎の町歩きではそんな異国情緒を楽しみながらも、それ以上に心に残ったのは各町々にある市場めぐりだった。
いくつもある市場の中でも、築町市場には何度か行った。
築町市場は、東京でいえば銀座に相当する浜町から電車通りを一本、渡ったところにある。ぼくはそこに長崎人の生活の匂いをかぎにいったのである。
長崎に行ったのは夏だった。
築町市場の朝は早い。
夜が明けてまもない5時には、おばさんたちが公設市場の周辺に露店を出し、生きのいいエビやアナゴ、グチ、タチウオなどを売っている。
「なにかいらん」
「こうてね」
と、買い物客に声をかける。
朝早くから魚介類を買いに来る人は多い。中でもザッコエビ(サイマキエビ)が人気だった。
おばさんたちは、長崎からひと山越えた茂木からやってきた。茂木といえば千々石(ちぢわ)湾に面した港町で、天草航路の船が出ている。背後の山の斜面は段々畑で、特産のビワが栽培されている。おばさんたちは夜中の2時、3時には家を出て商品をとりそろえ、夜明けの築町市場にやってくるのだ。
6時を過ぎると、公設市場内の店が次々と開きはじめる。魚市場から仕入れたばかりのタイやカレイ、ブリ、タコ、イカ、ワタリガニなどの鮮度満点の魚介類が店先に並ぶ。
フカ肉の湯びきを売る店もあった。フカはサメのことだが、軟骨で、肉には一種独特のくさみがある。表面はいわゆるサメ肌で、ザラザラしている。そのザラつきをとるため、湯に浸してやわらかくし、タワシでこそぐ。それを薄く切り、沸騰した湯に通し、冷たい水でひやしたものがフカの湯びき。酢味噌で食べるのが一般的だ。
鮮魚店につづいて乾物店、精肉店、青果店、雑貨店などの築町市場の店々が次々に開いていく。