六大陸食紀行
共同通信配信 1998年〜1999年
第7回 ヨーロッパ・ドイツ
「50ccバイク世界一周」のロンドンからアテネまでのヨーロッパ横断で一番、印象に残っているヨーロッパの味といえばドイツのソーセージだ。
通り過ぎていく町々の広場では、ソーセージを焼いている屋台をよく見かけ、何度となく足を止めた。広場に漂うその匂いがたまらない。
屋台のソーセージは軽食には最適だ。ビールを飲みながら焼きたてのソーセージをかじっていると、
「今、自分はドイツにいる!」
という旅の実感をも味わえる。さらにドイツ人の大好きな黒パンを一枚とか二枚、一緒に食べて昼食にすることも多かった。
ドイツ人とソーセージは切っても切れない関係にある。
肉屋をのぞけば何種類ものソーセージがぶらさがっているし、駅の構内やちょっとした街角にある軽食堂のインビスではソーセージを立ち喰いしている人たちを多く見かける。家庭でも、ソーセージ抜きの食事などはまったく考えられないほど、ドイツ人はよくソーセージを食べる。
昔からドイツの農民たちは春になると小豚を買い入れ、秋まで育て11月ごろになると丸々と肥った豚をつぶし、各種腸詰のソーセージをつくってきた。ソーセージは厳しいドイツの冬の絶好の保存食で、窓のない北向きの食料室につるされ、冬から春にかけての大事な食料になった。
だが今では、そのような自家製のソーセージも少なくなり、食品工場で大量生産された製品が大半を占めている。ソーセージと同様にドイツ人の食事に欠かせないハムやベーコンについてもまったく同じことがいえる。
そのあたりはかつては自家製だった味噌や醤油、豆腐、納豆、さらには漬物までが、どんどんと工場製の大量生産品に変わっていった日本の食の現状とよく似ている。
ところで、ライ麦粉からつくる若干、酸味のある黒パンはドイツ人の大好物だが、これがソーセージにはじつによく合う。それと、ビールといえばドイツの全国民的飲みもの。黒パン、ソーセージ、ビールの3点セットの食事こそドイツ食文化の象徴だ。
第8回 西アジア
「50ccバイク世界一周」のアジア編ではイスタンブールからカルカッタへと西アジアを横断したが、そこで一番よく食べたのは主食のパンのナンである。
ナンは小麦粉に塩を加えて水でこね、それを半日ほど寝かせて発酵させ、饅頭型にしたものを型を使ってひらべったくのばし、地下式、もしくは半地下式の竈(かまど)の内側にペタッと張りつけて焼いた薄っぺらなパンである。
イランの朝食ではパンにバターをつけるような感じで、蜂蜜とクリームを混ぜたものをナンにつけて食べたが、蜂蜜とクリームの混ざり合ったトロッとした味が焼き立てのナンにはよく合った。それをチャイ(紅茶)を飲みながら食べるのだ。
昼食や夕食には、焼きトマトを添えた羊肉の串焼きのカバブーを毎日食べた。それにもナンがついてくる。ナンと羊肉というのは、ピッタリの味の取り合わせ。ナンには半分に切った生のタマネギが添えられている。それをカリカリかじるのだ。生のタマネギというのは、食べ終わったあと、急に元気が出てくるようなパワーを与えてくれる。
イランからパキスタンに入ると、ナンと羊肉入りのカレーという食事が多くなる。イランでは羊肉は焼いて食べるものだが、パキスタンになると羊肉は煮て食べる。ナンは同じでも、羊肉の食べ方が違ってくる。このあたりが食文化圏の違いのおもしろさだ。
ナンを主食にしている世界を“ナン圏”としておこう。
その東のインドになると、パンがナンからチャパティに変わる。チャパティはこねた小麦粉を寝かせることなく、つまり発酵させることなくすぐに焼く“未発酵パン”なのである。
“ナン圏”の西のアラブ世界のパンはホブス。ヨーロッパのパンに近い“発酵パン”でナンよりも厚く、上下二層に分かれた円形パン。それを半分に切って中に詰め物を入れて食べる食べ方が、サンドイッチのもとになっている。
小麦の原産地はカスピ海の南といわれているが、“ナン圏”というのはまさに世界の小麦発祥の地なのである。
第9回 東南アジア・タイ
「インドシナ一周」の出発点タイのバンコクには一ヵ月以上滞在したが、その間は“現地食主義カソリ”の本領を発揮して、毎日、せっせとタイ料理を食べあるいた。
朝食で一番気にいったのはカオトムクン。カオトムとは粥のことで、クンはエビ、つまりエビ入りの粥。タイの主食は米だが、日本のような短粒米(ジャポニカ)ではなく長粒米(インディカ)で、ねばりけが少なく、パサついている。このパサついた米で炊いたご飯は腹にもたれない。この味に慣れると、日本米がなんとも重たく感じられる。
なお、カオは米のこと。普通に炊いた飯はカオスワイ、粥がカオトム、焼飯がカオパットになる。
ところで食堂のテーブルにのっている4種類の調味料が興味深い。砂糖、強烈な辛さの小さめな青トウガラシの入ったナムプラー、大きめな青トウガラシの入った酢、それと乾燥させた赤トウガラシの粉末。タイ人の食べ方を見ていると、これら4種の調味料をふんだんに入れ、かき混ぜて食べている。タイでは砂糖の甘味、トウガラシの辛味、酢の味、魚醤油の味の四味が味覚の基本になっている。
魚醤油のナムプラーはナムが水でプラーが魚、直訳すれば魚汁になる。日本でいえば能登半島のイシル(魚汁)や秋田のショッツル(塩魚汁)のようなもの。魚醤油はインドシナ各国で欠かせない。
昼食はバンコクの町のいたるところにある屋台を食べあるいた。とくに麺の屋台だ。
麺類はバラエティーに富んでいて、幅広の麺のセンヤイや細麺のセンレク、センミーなどがある。さすがに“米の国”タイだけあって、これらの麺類は小麦粉ではなく、米粉からつくられている。このあたりが小麦粉を焼いてパンにするインド以西の西アジアとの大きな違いになっている。
夕食にはタイ料理を代表するスープのトムヤムをおかずにご飯を食べることが多かった。私のお気に入りは、これもエビ入りのトムヤムクン。香菜のパクチーやレモングラス、ショウガなどの香辛料がドサッと入った、強烈に辛いトムヤムクンを汗をタラタラ流しながら食べるのだった。