2024年4月6日 – 10日
巌門の食堂「一海」が営業を再開
富来(志賀町)を出発すると「能登金剛」の機具岩(能登二見)と巌門を見てまわる。
機具岩は注連縄でつながっている夫婦岩。左の大きな岩が女岩、右の小さな岩が男岩になるという。
能登金剛のシンボル巌門は今回は上から見下ろしただけだが、ぜひとも下まで降りて、巌門洞窟を歩いてみたらいい。ここの食堂「一海」が営業を再開しているのはうれしかった。ということで「一海」の「ざるうどん」を食べた。
巌門から吹浦(ふくら)港に行き、日本最古の木造洋式灯台を見た。
福浦港は能登半島の歴史的に重要な港で、奈良時代には大陸の渤海との結びつきが強かった。江戸時代には北前船が寄港した。旧福浦灯台が完成したのは明治9年(1876年)のことだった。
高浜(志賀町)に戻ると、国道249号で「はしみ荘」の前を通り、「上杉モータース」の前を通り、羽咋市へ。
能登一宮の気多大社を参拝し、千里浜の「能登千里浜レストハウス」(営業中)でSX250を止めた。ここはSSTRの舞台。館内には風間深志さんの「パリ→ダカールラリー」参戦のスズキDR500と風間晋之介さんの「南米ダカールラリー」参戦のヤマハWR450Fが展示されている。
「能登千里浜レストハウス」でソフトクリームを食べると、それを最後に「なぎさドライウェイ」を走り、のと里山海道で北陸道の金沢森本ICへ。富山駅前からここまでの走行距離は716キロ。レンタカーを含めれば913キロになる。
金沢森本ICを出発したのは16時30分。北陸道→東海北陸道→中部縦貫道で高山へ。高山からは国道158号で松本へ。その途中では安房峠道路(有料)で安房峠を越え、松本電鉄終点の新島々駅で小休止した。
松本ICからは長野道→中央高速→圏央道→新東名で伊勢原大山ICへ。伊勢原の我が家に帰宅したのは22時30分。全行程1968キロの大地震から100日目の能登半島だった。
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