白峰村の栃餅

1986年

 白山の山麓の村々では、ついひと昔前までは栃餅をつくっていた。どの家でも秋になると山に入り、栃の実を拾い集めた。

 トチはトチノキ科の高木で落葉樹。九州を除く全国の山地に自生している。白山の周辺にはとくに多く、cの太田には日本一といわれるトチの巨木がある。

 そのような栃餅づくりの伝統を引きついで、白峰村の中心地、牛首には2軒の栃餅屋があり、一年中、栃餅をつくっている。栃餅は白峰村の名物餅で、白山の観光客や登山客などが買って帰る。

 そんな白峰村の栃餅屋で栃餅づくりの話を聞き、つくり方を見せてもらった。

 栃餅づくりの第一歩は原料の栃の実を拾い集めることから始まる。9月下旬から10月にかけて山に入り、栃の木のまわりに落ちている実を拾い集める。山の所有者にことわりなしに拾えるということだが、栗よりもひとまわり大きな実だ。

 拾い集めた栃の実は、いったん保存する。そのためにまずは1週間ほど冷たい流れ水にさらす。そのあと1週間から10日ほど天日で乾かす。十分に乾かさないと、虫にやられてしまう。こうしてしっかり乾かすと、2年でも3年でも保存できるという。

 栃餅をつくる時は、このような乾燥して硬くなった栃の実を使う分だけ小出しにする。

 栃の実はアクが強い。それを食用にするには、アク抜きをしなくてはならない。白峰村でのアク抜きの方法は次のようなものだ。

 皮をむきやすくするため、半日ほど湯につけてふやかす。それを昔は口で剥いでいた。栃の実の皮むきというと、口の中は渋だらけで、いがらっぽさがいつまでも残ったという。

白峰村の栃餅屋。栃の実を石臼の上にのせ、金槌でわっている
白峰村の栃餅屋。栃の実を石臼の上にのせ、金槌でわっている

 それを今(1986年)では、写真のように石臼の上に栃の実を置き、金槌(かなづち)でたたいて皮を剥がしている。

 皮のむけた栃の実は、1週間から10日ほど、冷たい流れにさらされる。寒い季節になると、アク抜きにはよけい日数がかかる。

 栃の実は木の実の中でも、とくにアクが強いので、それだけではアクは抜けきらない。さらに木灰を使って栃の実を煮たて、アクを抜く。栃餅の良し悪しは、その木灰づくりにかかっているという。

 ナラなどの堅い木を燃やして木灰をつくるのだが、それを篩(ふるい)でよくふるい、きめの細かい木灰をつくる。使う段になると、その中に火を入れておく。木灰を十分に乾燥させるためである。そして最後にもう一度、篩にかける。

 鍋で湯をわかし、最初に木灰を入れ、次に栃の実を入れる。グラグラ煮たてたところで、1晩、もしくは2晩、鍋ごとあたためておく。昔は毛布にくるんで布団の中に入れておいたという。

 栃の実をきれいに洗い、再び冷たい流れ水にさらしてアクを完全に抜く。栃の実のアク抜きというのは手間暇のかかる大変な作業。このようなアクの強い栃の実を食用にするという、日本人の古来からの発想には感動をおぼえる。

 アク抜きの終わった栃の実は、糯米と一緒に蒸籠(せいろ)で蒸される。その際、糯å米を下に敷き、その上に栃の実をのせる。蒸し上がったところで、臼で搗き、栃餅が出来上がる。

 搗きたての栃餅は薄茶色をしている。何ともいえない香ばしさがあり、けっこうなねばり気もある。一度口にしたら、二度と忘れられない山の味である。

 トチに限らず、日本では古くからカシやシイ、カヤなどの木の実を食用にしてきた。白峰村の栃餅は、そんな日本人の「木の実食文化」の名残なのである。