賀曽利隆の観文研時代[130]

賀曽利隆食文化研究所(19)青森編

『ツーリングGO!GO!』(三栄発行)2004年5月号 所収

序論

「東北縦断たべまくり旅」のゴール、青森に到着。青森駅近くのビジネスホテル「みちのく」に宿をとると、夜の青森を歩く。

「さ〜、何を食べようか」
 と思案しながら町を歩く時間は楽しいものだ。

 青森駅まで行き、駅周辺の案内図を見る。

 その案内図で、青森駅近くの「アスパム(青森県観光物産館)」にある郷土料理店「西むら」をみつける。さっそく調査開始だ。

調査

 郷土料理店「西むら」はアスパムの10階にあった。

 メニューを見て、パッと目に飛び込んできたのは津軽名物の「じゃっぱ汁」だ。寒さに震えて青森まで走ってきたので、この季節にはぴったり。さっそく注文する。

 じゃっぱ汁はタラが主役の鍋料理。

 鍋にはタラのあらが入っている。そのほかダイコンやニンジン、ネギ、凍み豆腐が入っている。

 グツグツ煮えてきたタラのあらはゼラチン状になり、トロッとした味わい。

 それほど脂っこくないのがいい。

 寒風をついて走ってきた体は芯からあたたまり、汗が出るほど。

 鍋の味つけは津軽の赤味噌。若干、辛口の赤噌味とタラのあらの脂分との取り合わせが絶妙だ。

 食べ終わると体にはポカポカ感がいつまでも残り、不思議なほどに元気が出てくる。

「よ〜し、歩こう!」
 と、寒風の吹きすさぶ青森の町をもっと歩こうという気になるのだった。

結論

 じゃっぱ汁は津軽の冬の家庭料理からきている。

 寒さの厳しい夜、家族全員が囲炉裏を囲み、自在鉤につるした大鍋のじゃっぱ汁をみんなでフーフーいいながら食べた。

 幸福感の漂う家族団欒の光景が目に浮かんでくる。

 そんなじゃっぱ汁に入れるタラは冬の津軽海峡でとれるマダラが一番だという。

 タラは11月頃から産卵で津軽海峡に入ってくる。このころからの「寒ダラ」は絶品。「タラは雪が降ってから」
 といわれるほどで、身がしまり、脂がのってくる。

 津軽人はタラを1匹、まるごと買う。

 切り身は刺し身にしたり、焼いたり、煮たりする。

 残りの頭やヒレ、中骨、内蔵などのあらをじゃっぱ汁にするのだ。

 津軽では「タラがなくては年を越せない!」といわれるほどで、正月には欠かせない魚がタラなのだ。

 タラ1匹あればタラの昆布じめやタラの味噌漬け、干しダラの煮つけなど何種類もの正月料理ができるので、津軽の正月は「鱈正月」ともいわれている。

 タラコも食卓には欠かせないものだし、タツ(白子)料理やチョーゲ(胃袋)料理も、津軽人は大好きだ。

 じゃっぱ汁に舌鼓を打ちながら、ぼくは津軽海峡と太平洋、日本海の3つの海に囲まれた青森県の自然の豊かさを感じ、さらには日本人と魚の深いつながりにも思いを馳せた。

 日本人は世界でもまれなほど、魚をよく食う民族である。

 タラはかつては大量にとれた魚で、「鱈腹(たらふく)食う」もそこからきている。

 米のとれない海岸地帯では、とれたてのタラの白身だけを炊いて塩加減し、「タラ飯」にして食べたところもある。

 津軽のようにタラ1匹のすべてをつかい、何種ものタラ料理を生み出し、それが正月の伝統的料理の主役になっているところもある。

 ぼくは津軽の郷土料理の「じゃっぱ汁」を通して、日本の「魚食文化」のレベルの高さをあらためて実感するのだった。