賀曽利隆の観文研時代[131]

賀曽利隆食文化研究所(20)函館編

『ツーリングGO!GO!』(三栄発行)2004年6月号 所収

序論

 夜明け前の函館港フェリー埠頭にスズキDR−400Sとともに降り立つと、函館山東端の立待岬に急ぐ。目の前の津軽海峡はすごいことになっている。無数の漁火が煌々と輝き、まるで不夜城のような光景を見せている。イカ釣り船の漁火が放つ光だ。

調査

 夜が明けかかったところで函館駅前へ。DRを駐車場に止めると、函館名物の朝市を歩く。そこには水揚げされたばかりのイカが山積みにされて売られている。鮮度満点のイカで、まだピクピク動いている。朝市をひとまわりしたところで、朝早くからやっている食堂に入り、お目当ての「イカソーメン」を注文した。

 食堂のおばちゃんは目の前でとれたばかりのイカを鮮やかな包丁さばきで細切りにしていく。見事な職人技だ。

「これはね、まだ生きているイカだからできることなのよ」

 弾力のある活イカだからこそここまで細切りにできるし、それが簡単に手に入る函館の朝市だからこそできる料理なのである。

 さっそくいただく。

 ソーメンを食べるようにしてショウガ醤油の汁につけてすすり込む。その清涼感はまさにソーメン。透明感もある。スルスルッと通っていくのどごしがたまらない。

「イカソーメン」を食べ終わると、次に「イカ刺し」を食べる。新鮮なイカ特有のシャキッとした歯ごたえ。かすかな甘みもある。添えられた足(ゲソ)と内臓(ゴロ)をショウガ醤油につけて食べる。ゲソはまだピクピク動いている。塩辛にするゴロはカニ味噌のよな風味だ。

「イカソーメン」と「イカ刺し」を食べ比べて感じたことは、「切り方ひとつで、こうも食感が変わるのか」ということだった。

結論

 イカの中に糯米を詰めて煮込んだ「イカめし」や竹串で焼いた「イカの鉄砲焼き」も函館の名物料理。さらには酢漬けや沖漬け、粕漬けなどもある。函館産の塩辛も超美味だ。

 このようなイカ料理の層の厚さとレベルの高さがあるからこそ、イカソーメンはこの地で生まれたのだと思う。それともうひつは、元々この地では細切りのイカ刺しが好まれていたというのも理由のひとつであろう。

 すごいなと思わせるのは、「イカソーメン」の食感とネーミングである。

 もしも太切りの「イカうどん」だったら、あの食感は味わえないし、むしろ普通のイカ刺しの方が味を楽しめる。

 また中細の「イカそば」でも、あの清涼感と透明感は出せないであろう。
 極細の「イカソーメン」だからこそ、これだけ多くの人に受け入れられて函館の名物料理になったのだ。

 イカソーメンに北海道の食材の新鮮さと豊富さを見るのと同時に、ぼくは日本人の「食」への飽くなき執念と技術の高さ、細やかさ、さらには自由奔放な発想を見る。日本人というのはイカからソーメンをつくり出してしまうような民族なのである。