2011年5月31日

山々はそそり立ち、谷は恐ろしく深い

 2011年5月31日。台湾山脈山中の清境の夜明け。高峰群の山の端が色づき、やがて朝日が昇る。「清境」の地名から、日本の八ヶ岳山麓の「清里」を連想したが、こうして夜が明けてみると伊那谷の「下栗」の集落を思い浮かべた。目がくらむほど谷は深く、見上げるほど山は高く、急斜面に家々や畑が見られる清境の風景は下栗に似ている。ひと晩泊まった山荘「日光清境」のテラスの白いイスに座り、しばらくは夜明けの風景を眺めた。

 この日は山地民タイヤル族の小学校訪問というイベントがあるので6時出発。清境の「セブンイレブン」で朝食だ。このような山奥にまで「セブンイレブン」がある。店の品ぞろえも充実している。「イクラのおにぎり」、「サケのおにぎり」を買ったが、イクラ、サケともに北海道産。味噌汁を飲みながら食べたが、「おー、ここは日本か!?」と、思わず声が出た。

 清境を出発。山岳路の国道14号を北へ。中央山脈の高峰群を右手に見ながら、台鈴の125ccスクーター、TEKKEN(鉄拳)を走らせる。それにしてもすごい眺めだ。山々はそそり立ち、見下ろす谷は恐ろしく深い。

 路肩を踏外したら、それこそ谷底まで何百メートルも落下してしまう。高原野菜を満載にしたトラックとすれ違うたびに冷っとする。山々のはるか上の方まで集落や耕地が見られるが、それは信州の伊那谷や四国の祖谷を思わせるような風景だ。

 中央山脈の高峰群を間近にする展望台でTEKKENを停めた。そこには太魯閣国家公園(ナショナルパーク)の碑が建っている。展望台の標高は3090メートル。目の前には中央山脈の合歓東峰(3421m)、屏風山(3250m)、奇莱北峰(3607m)、奇莱南峰(3358m)と、高峰群が連なっている。それら3000メートル峰の山並みは台湾の最高峰、玉山(3952m)へとつづいている。

 展望台を出発し、山岳道路をさらに登っていく。

 驚かされてしまうのはTEKKENのエンジンのパワフルさだ。125ccにもかかわらず、3000メートルを超える高地をまったく問題にすることなく走りつづける。高度障害を受けることもなく、パワーダウンすることもなく、エンジンがブスブスいうこともない。

「すごいぞ、TEKKEN!」

 武嶺に到達した。「嶺」は「峠」を意味するので、日本風にいえば「武峠」になる。武嶺の標高は3275メートル。台湾の国道の峠としては最高所になる。

 日本の国道では国道292号の群馬・長野県境の渋峠が最高所の峠で標高2172メートル。武嶺はそれよりも1000メートル以上も高い(なお日本の自動車道の峠としては標高2360メートルの川上牧丘林道の大弛峠が最高所峠になっている)。

 日本では1700余の峠を越え、チベットでは5000メートル級の11峠を越え、南米アンデスでは4000メートル級の23峠を越えた「峠越えのカソリ」なので、台湾の国道最高所峠の武嶺に立って「やったね〜!」という気分だ。

 名残惜しい武嶺を出発。TEKKENを走らせ、峠道を下っていく。中央山脈の3000メートル級の山々を眺めながらの走行はたまらない。これぞ極上の山岳ツーリング。国道14号はよく整備されたルートなので走りやすい。

 峠を下ったところが合歓山。標高3158メートルの山頂が国道のすぐ脇に見えている。ここには「合歓山荘」がある。それにしてもすごいではないか。国道14号は3000メートル峰の山頂のすぐ脇を通っている。日本でいえば日本第2の高峰、北岳(3189m)の山頂近くを125ccのスクーターで走り抜けていくようなものだ。

 合歓山を中心とした合歓連峰は台湾の山岳リゾート地。「合歓山荘」を拠点にして合歓主峰(3416m)や合歓北峰(3422m)、合歓東峰(3421m)といった3000メートル級の山々に登れる。この一帯は雪が降るので、冬は雪山登山ということになる。台湾にもこういう世界があるのだ。

 合歓山からの展望を目に焼きつけ、さらに下っていくと、東西横断公路の国道8号に出る。T字路の交差点を左に折れ、梨山に向かったが、右に行けば太魯閣の大峡谷を抜けて太平洋岸の花蓮に出る。ここでは前回の「台湾一周」で走った太魯閣の大峡谷の風景を思い浮かべるのだった。

 東西横断公路(国道8号)とのT字路は大禹嶺(2565m)。台湾海峡側と太平洋側に2分する台湾の中央分水嶺の峠だ。大禹嶺を境にして西側は大甲渓の水系、東側は立霧渓の水系になる。「渓」は台湾では「川」を意味する。

 大禹嶺から西へ、短いトンネルを抜け、梨山の町へと下っていく。渓流沿いの道を行くのだが、透き通った流れに目が吸い寄せられた。

 梨山に到着。ここは標高2000メートルの高原の町。台湾第2の高峰、雪山(3884m)の登山口になっている。梨山の町からはそのほか南湖大山(3740m)、大覇尖山(3505m)といった高峰を見る。

 梨山は文字通り梨の産地。梨のみならず、桃やリンゴの産地にもなっている。「果物の町」なのだ。道路沿いに並ぶ露店では梨山産の果物を売っている。ここでは「水蜜桃」を買った。甘い水蜜桃を食べながら、道路沿いの展望ポイントから梨山をとりまく3000メートル級の山並みを眺めるのだった。