吉野川の鮎(1)

1986年

  坂東太郎
  筑紫次郎
  四国三郎

 といえば、日本を代表する大河である。

 坂東太郎は関東の利根川、筑紫次郎は九州の筑後川、そして四国三郎といえば四国第一の大河、吉野川のことである。

 吉野川は四国の中央部を流れる川で、全長194キロ。四国の最高峰、石鎚山(1982m)東側の瓶ヶ森山を源にしている。

 吉野川は高知県内では東西に流れ、徳島県に入ると南から北へと流れを変え、四国山脈を分断して大歩危、小歩危の大峡谷をつくる。

 吉野川は中央分水嶺を分断して流れる川で、このような例はほかには中国地方の江の川があるだけだ。

 山地を抜け出ると、池田町(現三好市)で流れを東に変え、徳島で紀伊水道に流れ出る。池田町以東の吉野川は西南日本を内帯と外帯に二分する大断層線の中央構造線に沿って流れている。

 川魚の豊富な川で、その中でも鮎は絶品。「吉野川の鮎」を食べようと、河口から上流へ、吉野川をさかのぼった。

 徳島駅から吉野川沿いに走る徳島本線に乗った。広々とした徳島平野は列車が進むにつれて幅が狭くなり、やがて車窓には吉野川の流れが見えてくる。釣人の姿をあちこちで見かける。

 右手には阿波と讃岐の国境を成す讃岐山脈の低い山並みが連なっている。左手には四国の中央分水嶺、四国山脈の高い山並みが連なっている。吉野川はその2本の山脈の間を東西に流れている。

 列車は終点の池田に到着。このあたりで吉野川の川幅は200メートルほど。池田は鮎漁の盛んなところで、在来型の川舟の「アイカワ」や改良型の「トサブネ」、新しいグラスファイバー製の舟に乗って何人もの漁師たちが鮎を釣っている。

 池田で土讃線に乗りかえ、さらに吉野川の上流へ。

 風景は一転し、吉野川の両側には切り立った崖がそそり立っている。激流が岩をかんで流れ、渦を巻き、白いしぶきを上げている。

吉野川の大歩危
吉野川の大歩危

 吉野川の名所の大歩危、小歩危に入った。

 このあたりの岩を見ると、「阿波の青石」で知られる緑泥結晶片岩が目立つ。青石は中央構造線にはつきものの変成岩。吉野川の青さと青石の青さが見事に調和している。

 列車は大歩危駅に到着。ここで降りる。平家の落人伝説で名高い祖谷に向かう旅行者が何人か降り、駅前から祖谷渓行のバスに乗っていった。

 ぼくは「いちひろ」という駅前食堂に入り、昼食にする。メニューには「あゆ定食」があった。

  あゆの塩焼き
  すり下ろした山いも
  輪切りにしたトマト
  漬物

 それにご飯と味噌汁がついている。

 店の中はうす暗かった。置いてある白黒のテレビは画面が揺れる。テーブルは傾き、イスもミシミシ音をたてている。そのような食堂だが、塩焼きにした鮎は絶品。文句なしのうまさだ。

「どうです、うまい鮎でしょ。今朝、釣り上げたばかりの鮎なんですよ。吉野川の鮎の中でも、大歩危の鮎は最高です」
 と、食堂の主人の釆本(うねもと)博さんは自慢げな顔で言う。

 畝本さんはさらに、「私は天然ものしか使いません」とも言った。

 自分で釣り上げた鮎、もしくは鮎専門の釣師から買う天然の鮎を店で出している。

「養殖鮎は身がブヨブヨしてやわらかい。骨も(天然鮎に比べたら)ずいぶんとやわらかい。川魚は骨ばっていて、骨がかたいところがいいのですよ」

 さらに、養殖鮎だと鮎特有の若草の萌えるような季節を感じさせる香りが飛んでしまうと言う畝本さんは、ご自分が養殖鮎を食べたいとは思わないので、それで天然鮎にこだわっているのだという。