鵜ノ子岬→尻屋崎[042]

小名浜→閖上 2011年10月15日 – 16日

地平線会議の面々と

 10月15日。午前0時を期して伊勢原の自宅を出発。今回は車だ。東京・四谷で地平線会議の宮本千晴さんや江本嘉伸さんらを乗せて浜通りに向かう。首都高から常磐道に入り、5時には北茨城ICに到着。茨城県側の大津漁港から見ていく。茨城県側も大津波で大きな被害を受けている。

 鵜ノ子岬の関東側の平潟漁港から東北側の勿来漁港へ。鵜ノ子岬からは海沿いのルートで小名浜へ。小名浜の「みなと食堂」で朝食。ここでは「サンマの刺身定食」を食べた。

 小名浜には渡辺哲さんが来てくれた。渡辺さんの先導で浜通りの被災地を見てまわる。

 四倉舞子温泉の「よこ川荘」に泊ったが、夕食を食べ終えると、地平線会議の面々と東日本大震災を語り合った。

 翌10月16日は5時起床。夜明けの浜通りを見てまわる。7時には四倉舞子温泉の「よこ川荘」に戻り、朝食を食べ、8時に出発。国道399号を北へ。川内村を見てまわり、田村市、葛尾村、浪江町を通り、飯舘村に入ると村役場まで行き、放射線量計を見る。放射線量は2・52マイクロシーベルトまで下がっていた。

 飯舘村からは県道12号で八木沢峠を越えて南相馬へ。国道6号で相馬市に入ると、松川浦で昼食。名物の「ほっきめし」を食べた。

 松川浦からは県道38号で新地へ。新地駅跡を見てまわり、国道6号で宮城県に入った。亘理から県道10号で閖上へ。日和山の山頂から被災地を一望。ここを最後に名取ICで仙台東部道路に入り、仙台南部道路→東北道→首都高と走り、23時30分、東京・四谷に戻ってきた。地平線会議の宮本千晴さんや江本嘉信さんらを降ろし、伊勢原の自宅へ。2日間、車の運転手役に徹したカソリだった。