賀曽利隆の観文研時代[135]

賀曽利隆食文化研究所(24)熊川宿編

『ツーリングGO!GO!』(三栄発行)2005年1月号 所収

序論

「鯖街道」で通った若狭の熊川宿を再訪した。

 京都の錦市場から若狭の小浜までの鯖街道を走ったときは、「若狭の鯖」で頭がいっぱいだった。

「鯖、鯖、鯖…」
 と、まるで呪文を唱えるかのよに「鯖」を口ばしりながら走り、「鯖」を追った。

 ところが鯖街道の宿場町、熊川宿では、食文化研究家カソリの心をおおいにくすぐるようなものに出会ったのだ。それが「熊川葛」。関西圏では「吉野葛」と並ぶ葛の名産品。だが、「鯖街道」のときは残念ながら鯖中心だったので、「また、今度…」という気分で熊川宿を立ち去った。

調査

「熊川葛」を食べに行こうと思い立ったが吉日。これがツーリングの基本だ。

「それー!」とばかりにDR−Z400Sを走らせ、東名→名神→中国道→舞鶴若狭道と高速の一気走りで小浜西ICまで突っ走った。

「熊川葛」を賞味してみたいという一心での高速一気走り。高速道を降りると国道27号→国道303号で熊川宿へ。

 熊川宿の町並みを往復し、葛の店「まる志ん」に入った。そこで葛三昧をする。

 まずは「葛切り」を食べる。葛粉を水に溶き、煮立てたものを冷まして固め、細長く切ったもの。それに黒蜜をかけて食べる。透き通るような透明感。しっかりとした腰。ツルツルッとすすったときののどごしが何ともいえずにいい。これが混じり気なしの葛粉だけの葛切りだ。

 次に葛湯を飲んだ。

 葛粉に砂糖を混ぜ、熱湯をかけてよくかきまぜたもの。このトロッとしたとろ味が子供時代を思い出させる。ぼくが子供のころは熱を出すと、よく葛湯を飲まされたものだ。それがまた、すごくよく効いた。

 つづけて葛餅と葛饅頭を食べた。

 葛餅は上品な味わい。

 葛饅頭は葛粉の風味と餡がじつによく合っている。

 このほか「まる志ん」のメニューには葛ぜんざいと葛うどんがある。

結論

 熊川宿の葛粉はかつては京都の和菓子店や大阪の薬店などに盛んに出していた。

 葛粉は和菓子づくりや薬づくりに欠かせないもの。「熊川葛」は「鯖街道」で京都に運ばれていたのだ。

 葛切りなどの原料となる葛粉は、日本の山野に自生しているクズの根からとる。大きい根だと2、3メートルもの長さになるが、それを数十センチくらいの長さに切って山を下る。このクズの根から葛粉をとるまでが大変な作業なのだ。

 陰干しした根の皮をとり、棒などでたたいてつづれ状になったものを布袋に入れ、水槽で澱粉をもみだす。この澱粉に水を加えて沈殿させ、上澄みを捨てるという工程を何度も繰り返し、澱粉の純度を高めていく。

 最後に良質の澱粉だけを水に溶かして煮る。それを木箱に流し込み、自然乾燥させて固める。出来上がった葛粉は固くなった豆腐のようだ。

 かつては各地で葛粉をつくっていたが、これだけの手間のかかる作業なので、今では天然の葛粉づくりは日本からほとんど消えた。

 スーパーなどで売られている葛粉はクズではなく、ジャガイモなどの澱粉。その意味でいったら「熊川葛」は、食の文化財といっても過言ではない。