カソリング

生涯旅人、賀曽利隆の旅日記

奥の細道紀行[68]

投稿日:2016年12月5日

東西の境「倶利伽羅峠」越え

富山県・石川県/2009年

 芭蕉は高岡を出発すると北国街道を西へ。立野、石動と通り、木曽義仲が戦勝祈願をしたという埴生八幡を参詣し、加越(越中・加賀)国境の倶利伽羅峠に到達した。倶利伽羅峠は日本の東西を分ける峠であり、源平の古戦場としても知られている。越中路から加賀路に入った芭蕉は、峠を下った金沢で泊っている。

 「高岡→金沢」間の行程は、曽良の「随行日記」では次のようになっている。

十五日  快晴。高岡ヲ立。埴生八幡ヲ拝ス。源氏山、卯ノ花山也。クリカラヲ見テ、未ノ中刻、金沢ニ着。

 そのような芭蕉の足跡を追って高岡を出発。スズキST250を走らせ、国道8号を行く。小矢部市に入ったところで国道8号の旧道で中心街の石動(いするぎ)へ。JR北陸本線の石動駅前でST250を停めた。

 ここは我が故郷といってもいいようなところ。母方の祖母の生まれ育った所なのだ。小さい頃、一度だけ母に連れられて石動に来たことがある。東京・上野駅から蒸気機関車に乗り、石動駅で降りたのだが、顔は煤で真っ黒。春先のことで雪の消えた田圃には一面、レンゲの花が咲いていた。小矢部川にかかる鉄橋が大のお気に入りポイントで、そこで北陸本線の列車を眺めた。鉄道貨物が全盛の時代。50余両編成の長い貨物列車を「1、2、3…」と数えたシーンが今でもはっきりと目に残っている。

 小矢部川の鉄橋では列車を見るだけでは我慢できずに歩いて渡った。大目玉をくらったが、もしあのとき列車が来ていあたら、哀れにもカソリ、4歳か5歳で人生の幕を下ろしていた。

 石動では埴生八幡を参拝し、国道8号に合流。いよいよ加越国境の倶利伽羅峠越えだ。

 まずは国道8号の「くりからトンネル」で峠を抜け、富山県から石川県に入った。峠道を下ったところでUターンし、再度、くりからトンネルを抜けて富山県側に戻った。

 次に国道8号の旧道で同じく富山・石川県境の天田峠へ。この峠は国道8号のくりからトンネルの真上になる。

 天田峠からは丘陵の稜線上の道を行き、倶利伽羅峠の展望台に立った。そこからは加賀側のゆるやかな山並みを一望する。そのような峠からの風景を眺めながら日本の東西の境目を考えてみるのだった。

 日本海側で一番、はっきりとしている東西の境は北アルプスの断崖が海に落ちる親不知だ。親不知を境にして越後側はより東日本的になり、越中側はより西日本的になる。たとえば親不知を境に越後側では正月魚といったらサケだし、越中側はブリになる。

 その越中でも神通川の左岸に長々と横たわる呉羽丘陵を境にして西側の呉西は西日本的だが、東側の呉東は東日本的だといわれる。

 そしてこの倶利伽羅峠だ。倶利伽羅峠の西側の加賀はもう完全に西日本の世界だが、峠の東側の越中になると、東日本の色彩をかすかにとどめている。このように日本の東西文化の境目を見ていくのはきわめておもしろい。

 倶利伽羅峠では成田不動(千葉)、大山不動(神奈川)と並ぶ「日本三大不動」の倶利伽羅不動を参拝。倶利伽羅峠の峠名はこの倶利伽羅不動から来ている。おもしろいのはその入口。手向神社の鳥居をくぐって倶利伽羅不動寺の境内に入っていく。かつての神仏混淆の色彩を色濃く残している倶利伽羅不動寺だ。

 手向神社も興味深い。「手向」で「とうげ」と読む。つまりは「とうげ神社」になる。羽黒山の手向集落も「とうげ」だが、「手向」は峠の語源のひとつだといわれている。それを目で見ることのできる倶利伽羅峠なのである。

 倶利伽羅峠といえば源平の古戦場跡。峠には源平倶利伽羅合戦碑と五輪塔の源平供養塔、火牛攻めの「火牛像」などが建っている。

 平安時代末期の寿永2年(1183年)、木曽義仲が率いる源氏軍と平維盛が率いる平家軍の大軍がこの地で激突。平家軍が寝静まった夜間に義仲軍は仕掛け、倶利伽羅峠の断崖から平家の大軍を追い落とした。平家は10万もの大軍を失った。『源平盛衰記』では義仲は数百頭の牛の角に松明をつけて放ったとあるが、それが伝説の「火牛攻め」。この戦いで大勝した木曽義仲は京に向けて進軍し、ついに上洛。大軍を失った平家は防ぎようもなく、安徳天皇を伴って西国へと落ち延びた。

 源平合戦の地、倶利伽羅峠には、芭蕉の句碑も建っている。

  義仲の 寝覚めの山か 月悲し

 倶利伽羅峠から天田峠に戻り、金沢に向かって峠道を下っていく。峠下には道の駅「倶利伽羅源平の郷」。そこにも義仲の火牛攻めの「火牛像」が建っている。

小矢部市の中心、石動の町並み

▲小矢部市の中心、石動の町並み

国道8号の「くりからトンネル」

▲国道8号の「くりからトンネル」

国道8号旧道の天田峠

▲国道8号旧道の天田峠

倶利伽羅不動の参道

▲倶利伽羅不動の参道

倶利伽羅不動を参拝

▲倶利伽羅不動を参拝

倶利伽羅不動の「不動大福」

▲倶利伽羅不動の「不動大福」

倶利伽羅不動境内の地蔵

▲倶利伽羅不動境内の地蔵

倶利伽羅峠の合戦の碑

▲倶利伽羅峠の合戦の碑

倶利伽羅峠の芭蕉句碑

▲倶利伽羅峠の芭蕉句碑

倶利伽羅峠の源平供養塔

▲倶利伽羅峠の源平供養塔

手向神社の鳥居

▲手向神社の鳥居

倶利伽羅峠の案内板

▲倶利伽羅峠の案内板

倶利伽羅峠の「火牛像」

▲倶利伽羅峠の「火牛像」

倶利伽羅峠からの展望

▲倶利伽羅峠からの展望

天田峠から国道8号の旧道を下っていく

▲天田峠から国道8号の旧道を下っていく

倶利伽羅峠下の倶利伽羅駅

▲倶利伽羅峠下の倶利伽羅駅

倶利伽羅峠下の北国街道の竹橋宿

▲倶利伽羅峠下の北国街道の竹橋宿

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