カソリング

生涯旅人、賀曽利隆の旅日記 〜60代編日本一周〜

日本一周

ぼくは下記のように1978年の「30代編日本一周」を皮切りに「40代編日本一周」、「50代編日本一周」、さらには「島めぐり日本一周」、「温泉めぐり日本一周」と、5度のバイクでの「日本一周」をおこなってきた。それにひきつづいての6度目の「日本一周」が今回の「60代編日本一周」ということになる。
その「60代編日本一周」は2部構成になる。

日本一周の記録はコチラ

アイスバーンもなんのその、アドレスVで冬も激走

IMG_6616_small

 第1部は125ccスクーター、スズキ・アドレスV125Gと、その冬用バージョンのスズキ・アドレスV125Gリミテッドの2台での「日本一周」となった。

「西日本編」と「東日本編」の2分割で「日本一周」したのだが、前半の「西日本編」はアドレスV125Gで、後半の「東日本編」はアドレスV125Gリミテッドでまわった。2008年10月1日から2008年12月27日までの間の80日間で合計19961キロを走った。

 コースは日本列島の海岸線をメインにし、自分自身で走ったコースで日本地図を描くようなものにした。岬を大きなテーマとし、全部で117岬に立った。内陸県にも入り、日本の全都道府県に足を踏み入った。

 それにひきつづいて今年は「60代編日本一周」の第2部を走っている。

 第1弾目は「巡礼編」、第2弾目は「奥の細道編」、そして10月初旬には出発する「北海道遺産編」が第3弾目ということになる。

アルバム[第一部]

西日本編
IMG_4292_smallIMG_4319_small
御前崎を行く 伊良湖岬で
IMG_4602_smallIMG_4882_small
門司港駅前を出発点にして九州を一周 鹿児島港からトカラ列島へ
IMG_5171_smallIMG_5242_small
沖縄本島最北端の辺土岬 那覇の市場
IMG_5559_smallIMG_5954_small
出雲市駅前 日本橋に到着!

東日本編
IMG_5955_smallIMG_6093_small

みなさんの見送りを受けて日本橋を出発
本州最東端のとどヶ崎への道

IMG_6168_smallIMG_6207_small
本州最北端の大間崎 函館駅前を出発点にして北海道を一周
IMG_6365_smallIMG_6389_small
日本本土最東端の納沙布岬 アイスバーンの峠越え
IMG_6464_smallIMG_6591_small
ツルンツルンのアイスバーン 地吹雪の中を行く
IMG_6616_smallIMG_6720_small
宗谷岬に到着 青森からは日本海側を南下
IMG_6787_smallIMG_6891_small
降りしきる雪の中を行く 酒田の町越しに見る鳥海山
IMG_7018_smallIMG_7091_small
うれしい出会い 日本橋に戻ってきた!

白装束のバイク旅「巡礼編」

IMG_2616_small

 2008年の「60代編日本一周・第1部」にひきつづき、2009年は「60代編日本一周・第2部」をまわっている。
 その第1弾目は「巡礼編」。
 125㏄スクーターのスズキ・アドレスV125Gを走らせ、4月1日から6月20日までの76日間で「四国八十八ヵ所」、「西国三十三ヵ所」、「坂東三十三ヵ所」、「秩父三十四ヵ所」の札所をめぐった。その距離は16624キロになった。

「四国八十八ヵ所めぐり」では東京・日本橋を出発し、「東海道五十三次」を走り、京都から大阪、和歌山へ。和歌山からフェリーで徳島に渡り、第1番の霊山寺を皮切りに阿波→土佐→伊予→讃岐というルートで第88番の大窪寺までの八十八ヵ所をめぐった。
 その間では今治から大島に渡り、「大島八十八ヵ所」をめぐった。さらに高松から小豆島に渡り、「小豆島八十八ヵ所」をまわった。

 巡礼の装備一式は第1番の霊山寺でそろえた。
 白装束をバイクのウエアの上に着、輪袈裟を首にかけ、諸々のモノが入った頭陀袋を肩にかけるという格好でアドレスに乗ったのだ。
 白装束の背には「南無大師遍照金剛」とお大師さん(空海)の尊号(宝号)が墨書きされている。「同行二人」と書かれた頭陀袋の中には数珠と経本(般若心経)、線香、ローソク、納経札、納経帳、それと本尊の御影保存帳が入っている。頭陀袋には鈴をつけているのだが、そのチリーン、チリーンという音は心に響き、耳に残るものだった。
 どのように巡礼するかというと、札所に着くとまずは山門で合掌する。見事な山門の札所が多いのが特徴。次に手洗いで手を清める。この手洗いも見事な水口のものが多い。鐘をつけるところでは鐘をつき、まずは本堂を参拝。線香とローソクをあげ、自分の名前を書いたお札を納め、賽銭(100円)を入れ、合掌したあと般若心経を上げるのだ。
 その前には「をんさんまやさとばん」と3度、真言を唱え、般若心経を1巻あげると、本尊の真言をやはり3度、唱える。
 たとえば本尊が釈迦如来像だとすると「のうまくさんまんだぼだなんばく」、弥勒菩薩像だと「おんまいたれいやそわか」、薬師如来像だと「おんころせんだりまとうぎそわか」といった具合だ。
 これと同じことをお大師さんをまつる大師堂でもする。
 本堂と大師堂での参拝を終えると、納経所に行き、納経帳に朱印をもらい、墨書きをしてもらう。本尊の御影(墨絵)を保存帳に差し込んでいく。
 最初はたどたどしくあげていた般若心経も空海の修行の地、土佐に入ったころからは自分でいうのも何だが、上手に上げられるようになった。
 第八十八番の大窪寺での参拝を終えると、第1番の霊山寺に戻り、お礼の参拝。そして徳島からフェリーで和歌山に戻り、最後に高野山を参拝。金剛峯寺と奥の院で納経をし、「四国八十八ヵ所めぐり」を終えるのだった。

IMG_1796_small

 その間ではじつに多くの人たちと出会った。
 忘れられない言葉も数々あった。
 第34番の種間寺近くの民宿「徳丸館」で泊まったときは50代の女性と一緒になった。ご主人を病気で亡くし、すっかり打ちひしがれていたとのことで、友人にすすめられるままにお遍路の旅に出たという。すると目に入るものすべてがうれしくなり、空を見ては笑い、川の流れを見ては笑い…で、ご主人を亡くして以来、初めて笑った自分を感じたという。
 第46番の浄瑠璃寺前の旅館「長珍屋」では50代の男性と一緒に大広間で食事をした。その人は末期ガン。バリバリの会社人間だった。末期ガンを宣告され、余命いくばくもないとわかったときは目の前が真っ暗になったという。
 それを機にお遍路の旅に出たのだが、すっかり変った自分を感じたという。遍路旅に出て「有難さ」がわかったのだ。食事の有難さ、人の親切の有難さ。
 そのきわめつけは朝、起きたときだという。目が覚めたとき、「あー、自分はまだ生きている!」と心底、有難くなり、思わず手を合わせるようになった。この「有難い」という気持ちを持ったおかげで、「(寿命が)少し延びているようだ」といっていた。

「四国八十八ヵ所めぐり」を終えると、2度目、3度目とやりたくなるという。10度目ぐらいはザラ。ぼくが今回、出会った人では60回目という人が最高だったが、100回記念だとか150回記念、200回記念という石碑も見た。このあたりが「日本一周」と似ていなくもない。「日本一周」もまわり終えると、2度目、3度目とやりたくなるものだ。

アルバム[第二部・巡礼編]

IMG_0580_smallIMG_0697_small
東海道を行く 舞坂宿の脇本陣
IMG_1174_smallIMG_1184_small
吉野川河口 第1番の霊山寺
IMG_1213_smallIMG_1259_small
第3番の金泉寺 お遍路さんたち
IMG_1383_smallIMG_1621_small
室戸岬の最御崎寺 足摺岬の金剛福寺
IMG_1633_smallIMG_1711_small
アドレスで行く 第45番の岩屋寺
IMG_1747_smallIMG_1796_small
この格好で巡った 瀬戸内海の夕日
IMG_1886_smallIMG_2461_small
第66番の雲辺寺へ 札所の道標
IMG_2482_smallIMG_2547_small
第73番の出釈迦寺 第81番の白峯寺
IMG_2560_smallIMG_2580_small
白峯展望台からの眺め 第85番の八栗寺へ
IMG_2616_smallIMG_2783_small
第88番の大窪寺に到着 高松から小豆島に渡る
IMG_3388_smallIMG_3399_small
高野山の大門 金剛峯寺の庭園
IMG_1117_small
高野山の奥の院へ

関西の広さを肌で感じた百観音めぐり「巡礼編2」

「60代編日本一周・第2部」の「巡礼編」では、「四国八十八ヵ所」につづいて、スズキ・アドレスV125Gを走らせ、「西国三十三ヵ所」、「坂東三十三ヵ所」、「秩父三十四ヵ所」の「日本百観音霊場」をめぐった。
「日本百観音霊場めぐり」を成しとげたおかげで、日本という国がますますおもしろくなったし、十一面観音、千手観音、聖観音…と様々な観音たちに出会い、日本人の観音への厚い信仰心をも知った。

「西国三十三ヵ所」では第1番の南紀・青岸渡寺を皮切りに、札所をめぐりながら絶えず「西国」を意識して関西圏をまわった。兵庫・岡山県境、兵庫・鳥取県境、滋賀・福井県境、滋賀・岐阜県境、奈良・三重県境と県境まで行き、「おー、ここまでが関西(近畿)なのか」と、そのたびごとに関西圏を確認するのだった。境を見るというのはきわめておもしろいことだし、大事なことだとあらためて教えられた気がした。

<IMG_5374_small

「西国三十三ヵ所」でひとつおもしろいのは、満願の第33番の華厳寺が関ヶ原を越えた「東国」(岐阜県・谷汲)にあるということだった。なぜだろうと不思議でならなかったのだが、中山道の柏原宿(近江・美濃国境の近江側)にある成菩提寺を訪ねたときにその疑問が解けた。今ではほとんど人もいかないような寂れた山寺の成菩提寺だが、最も栄えたという江戸時代初期の頃には64寺もの末寺を持つ大寺だったという。徳川家康の知恵袋、天海僧正が住職を勤めたこともあるような寺だった。その西国東端にある成菩提寺末寺のひとつが谷汲の華厳寺だったのだ。

「坂東三十三ヵ所」は第1番、鎌倉の杉本観音からまわりはじめたが、さすが鎌倉で4番までが鎌倉とその周辺にある。5番が小田原、6番が厚木、7番が平塚、8番が座間で、何と我が家(伊勢原)の周辺には4ヵ所もの札所があった。これなども新たな発見。自分の足元というのはなかなか目を向けないものだが、そこにおもしろいものが隠されてるという見本を見るかのようだった。

「坂東三十三ヵ所」の札所は関東全域に散らばっているが、東京都内にあるのは第15番の浅草寺(浅草観音)だけ。それは江戸幕府誕生以前の東京が、いかに文化程度の低いところであったかを証明しているかのようだった。

「秩父三十四ヵ所」では札所をめぐりながら、秩父盆地をとりまく山々の峠まで行った。そのたびに「峠の国・秩父」を実感。満願の第34番は水潜寺。本堂(観音堂)に参拝したあと百観音の結願堂の前に立ち、手を合わせた。そのときは胸にジーンとこみ上げるものがあり、「西国」、「坂東」、「秩父」と百観音をめぐった様々なシーンが目に浮かんでくるのだった。

アルバム[第二部・巡礼編2]

西国三十三ヵ所めぐり
IMG_4205_smallIMG_4213_small
那智の滝 第1番の青岸渡寺
IMG_4271_smallIMG_4326_small
第2番の紀三井寺 第4番施福寺への山道
IMG_4371_smallIMG_4379_small
高見峠 第8番長谷寺の回廊
IMG_4520_smallIMG_5374_small
第16番の清水寺 第33番の華厳寺

坂東三十三ヵ所めぐり
IMG_6245_smallIMG_6270_small
第1番の杉本観音 東海道の平塚宿
IMG_6301_smallIMG_6303_small
第6番の飯山観音 第7番の金目観音
IMG_6327_smallIMG_6350_small
ひと晩泊まった百穴温泉 第13番の浅草寺
IMG_6373_smallIMG_6381_small
第15番の白岩観音 第16番の水沢観音
IMG_6407_smallIMG_6631_small
第19番の大谷観音 第33番の那古観音

秩父三十四ヵ所めぐり
IMG_6646_smallIMG_6665_small
第1番の四萬部寺 第4番の金昌寺
IMG_6729_smallIMG_6797_small
秩父の山中を走る 第32番の法性寺
IMG_6818_smallIMG_6830_small
第34番の水潜寺にやってきた 日本橋にゴール!
IMG_6832_small
横須賀のバイクショップ「サカエオート」のみなさんに大歓迎された!

紀行文の最高傑作!「奥の細道」をたどる

IMG_9713_small

「60代編日本一周・第2部」の「巡礼編」にひきつづいて、8月13日から9月9日までの26日間は「奥の細道編」。スズキST250で芭蕉の「奥の細道」を走った。全行程8642キロ。

「奥の細道」は日本人の書いた紀行文の中では最高傑作といっていいもので、いままでに何度も読んでいるが、その文庫本を片手にスズキST250Eを走らせたのだ。「奥の細道」にちなんだポイントはいままでに各地で訪れているが、通してまわるのは今回が初めてのことになるので、その高揚感にはたまらないものがあった

 出発点は東京・日本橋。まずは芭蕉の旧居(芭蕉庵)跡に行く。深川・森下の小名木川にかかる万年橋たもとにあるが、今ではそこには「芭蕉稲荷神社」がまつられている。

 すぐ近くの隅田川の河畔には「芭蕉庵史跡庭園」があり、芭蕉の坐像が建っている。墨田川と小名木川の合流地点で、そこからの眺めはすばらしい。隅田川の上流側には新大橋、下流側には清洲橋がかかっている。
 次に清澄通りを門前仲町方向に走り、仙台堀川にかかる海辺橋を渡ったところにある「採茶庵」跡に行く。そこは芭蕉の旅立ちのち。芭蕉像が建っている。

 芭蕉は1689年(元禄2年)3月27日(現在の暦では5月16日)、弟子の曽良を伴って「奥の細道」に旅立った。
 深川から船で千住に渡った。千住からは奥州街道を北へ。草加、越谷と通り、第1夜目は粕壁(春日部)で泊まっている。
 白河関を越えて関東から東北に入っていく。奥州街道(現R294)の白坂宿からわざわざ白河関跡に立ち寄り、古代東山道の旗宿で泊まるあたりは、さすが芭蕉といったところだ。
 西行を慕い、好奇心旺盛で、日本の歴史にも強い興味を抱いていた芭蕉像というものがじつによく伝わってくる。
 白河関跡には芭蕉の記念碑が建っているが、それには『おくのほそ道』の一文が彫り刻まれている。
「心もとなき日数を重ねるままに、白河の関にかかりて旅心定まりぬ。…」
 その当時、白河を越えてみちのくを旅するのはかなりの難行苦行。芭蕉はあえてその世界に飛び込んでいった。今でいえば世界の荒野を求めて旅立つ冒険家のようなものだ。
 そんな芭蕉は白河の関を越えて、「さー、東北を旅しよう!」と心が定まったのだ。

 東北に入った芭蕉は白河からさらに奥州街道を北へ。今でいえば国道4号だ。
 矢吹→須賀川→郡山→二本松→福島→白石→岩沼と通って仙台へ。そこから塩釜、松島、石巻経由で一関へ。奥州(陸奥)編では一番北は平泉まで行っている。
 一関から岩出山まで南下し、鳴子温泉へ。
 芭蕉はきっと温泉が好きだったのに違いない。那須では那須湯本温泉に立ち寄ってるし、福島では飯坂温泉に立ち寄っている。鳴子温泉の湯にもきっと入ったことだろう。そして尿前の関から奥羽山脈の中山峠を越えて羽州(出羽)に入っていった。
 山寺(立石寺)に参拝し、最上川の船に乗り、酒田から日本海側を北上。
 羽州(出羽)編の一番北は象潟(秋田)だ。
 当時の象潟は文字通りの潟だった。松島に負けず劣らずの絶景の地だった。

「南に鳥海、天をささへ、その影映りて江にあり。西はむやむやの関、道を限り、東に堤を築きて、秋田に通う道遥かに、海北にかまえて、波うち入るる所を汐越といふ。江の縦横一里ばかり。俤(おもかげ)松島に通いて、また異なり。松島は笑うがごとく、象潟は憾むがごとし。寂しさに悲しみを加えて、地勢魂を悩ますに似たり」

 象潟を描いたこの一文は『おくのほそ道』のクライマックスシーンといってもいい。
 その象潟も1804年(文化元年)の大地震で隆起し、潟は消えた…。
 芭蕉はもっともっと東北の旅をきっとつづけたかったのだ。秋田から青森を目指したかったのに違いない。もしかしたら津軽海峡を渡って蝦夷の地まで行きたかったのかもしれない。だが、象潟で断念し、酒田に戻っていく…。

 酒田からは急ぎ足で日本海を南下し、越後路を通りぬけ、北陸の金沢→福井→敦賀からゴールの大垣へ。そこには「奥の細道むすびの地」碑とともに芭蕉像が建っている。
 芭蕉はさらに伊勢神宮の式年遷宮を参拝するために伊勢に向かっていく。長島までは船で、そこからは参宮街道を歩いていった。芭蕉の生まれ故郷は伊賀・上野。伊勢への途中では故郷に立ち寄った。
 そんな「奥の細道」をST250で走ったのだ。

アルバム[第二部・奥の細道編]

IMG_8950_smallIMG_8951_small
東京・日本橋を出発 深川・森下の芭蕉庵跡
IMG_0893_smallIMG_0921_small
国道4号を北へ 千住大橋
IMG_9840_smallIMG_0963_small
草加宿の松並木 室の八島の大神神社
IMG_9039_smallIMG_9048_small
明神峠を越えて東北へ 白河関跡の芭蕉像
IMG_9073_smallIMG_9094_small
須賀川の乙字ヶ滝 二本松の霞城跡
IMG_9097_smallIMG_9641_small
福島駅前の芭蕉&曽良像 多賀城跡
IMG_9172_smallIMG_9185_small
松島の風景 石巻の日和山公園から見下ろす旧北上川河口
IMG_9222_smallIMG_9248_small
一関街道・登米宿で 平泉・中尊寺の芭蕉像
IMG_9713_smallIMG_9772_small
山寺の芭蕉像 元合海の芭蕉&曽良像
IMG_9840_smallIMG_9866_small
月山へ 月山山頂の月山神社
IMG_9991_smallIMG_0555_small
象潟の芭蕉像 庄川河口
IMG_0675_smallIMG_0773_small
越前の一の宮、気比神宮の芭蕉像 大垣の結びの地に到着
IMG_0794_small
芭蕉の故郷、伊賀上野

  • ツーリングマップル

    2012年版発売


    ツーリング情報満載の地図
    「ツーリングマップル」
    ツーリングマップル東北2012
    北海道関東甲信越
    中部北陸関西
    中国・四国九州沖縄
    リング式、文字の大きな
    「ツーリングマップルR」
    ツーリングマップルR東北2012
    北海道関東甲信越
    中部北陸関西
    中国・四国九州沖縄
  • 新雑誌の紹介

  • 賀曽利隆 日本一周の本

  • 広告

  • 出発の様子です

  • 北海道一周着用のウエア

    ゴールドウイン:
    http://www.goldwin.co.jp/gw/motorcycle/
  • 2009-10スペシャルモデル

    スズキ
    アドレスV125G Kasori Special

    大きなサイズでもご覧ください
  • 賀曽利スペシャル誕生!?

  • ログイン