カソリング

生涯旅人、賀曽利隆の旅日記

番外編 江の川の峠 3

投稿日:2011年1月30日

2010年 林道日本一周・西日本編

『月刊オートバイ』1992年12月号より

 中国地方最大の川、江の川流域の峠越えの第3弾目だ。
「江の川の峠・その1」では江の川本流の源流地帯まで行った。
「江の川の峠・その2」では江の川支流の神野瀬川、西城川の源流地帯まで行った。
 今回の「江の川の峠・その3」では、もう1本の支流、馬洗川を徹底的に追ってみようと思う。
 馬洗川をとりまく山並みにもいくつもの峠があるが、それらをひとつづつ越えて、「江の川の峠」の締めくくりにしたい。
 今回も出発点は広島県の三次。ぼくにとってはもうすっかりなじみの町になった感がある。
 JR三次駅前の喫茶店でコーヒーを飲み、さー、出発だ。
「行くぞ、DRよ!」
 峠越えの相棒、スズキDR250Sにひと声かけ、エンジンをかける。
 5月のさわやかな風を切って走りだす。

瀬戸内海と日本海を分ける権現峠

 三次からは国道183号で庄原を通り西城へ。
 庄原ではJR芸備線の備後西城駅まで行き、駅前でDRを停めた。
 そこでは昼間から酔っ払っているオッチャンに捕まった…。
「ワシもなー、若い頃は単車を乗りまわして、あちこちまわったもんだよ」
 と、酒くさい息を吹きかけながら、同じことを何度もいう。
 きっと、このオッチャンにとっては、バイクを乗りまわしていた頃が、一番キラキラ輝いていた時代ではなかったかと想像した。そう思うと、何か悲しい気分にもなった。
 西城で国道183号と分れ、権現峠に向かっていく。
 すぐに山中に入り、杉林の中の狭路を登っていく。西城町から東城町に入り、権現峠を越える。峠は杉林の中で見晴らしはよくない。
 この権現峠は中央分水嶺の峠。日本海に流れ出ていく江の川の水系と瀬戸内海に流れ出る高梁川の水系を分けている。権現峠はたいして高くはないが、中国地方を山陽と山陰に二分する陰陽分水嶺の峠なのだ。
 権現峠を下り、国道314号に出る。そして東城の町中に入っていく。ここでもJR芸備線の東城駅前でDRを停め、駅の待合室で自販機のカンコーヒーを飲みながらしばしの休憩。休むというよりも、ローカル線の駅舎の空気を吸いたかったのだ。

帝釈峡から中山峠へ

 東城の町中を流れる東城川は水量豊か。広島・岡山・鳥取の3県境の三国山から流れてくる。岡山県に入ると成羽川と名前を変え、高梁川に合流し、倉敷で瀬戸内海に流れ出ていく。
 そんな東城川の流れを見たあと、東城からは中国道沿いの県道23号で中山峠に向かう。その途中で名所の帝釈峡に立ち寄る。
 帝釈峡の名前の由来にもなっている帝釈天をまつる永明寺を参拝。そのあと帝釈川沿いの遊歩道を歩いた。渓谷の両側は覆いかぶさってくるほどの緑のトンネル。川底の石、ひとつひつがはっきり見えるほど透き通った渓流の流れ。帝釈峡はしみじみと日本を感じさせてくれるのだった。
 帝釈峡を過ぎるとゆるやかな登りがつづき、やがて高原の風景に変る。岡山県から広島県にかけてつづく吉備高原の一角に足を踏み入れたのだ。アップ&ダウンが連続する高原の道を走り、中山峠に到着。そこは東城町と庄原市の境になっている。県道23号のすぐ脇を中国道が通っている。
 中山峠の下りは急勾配。曲がりくねった峠道のコーナリングをくり返し、一気に下っていった。
 中山峠もさきほどの権現峠と同じような中央分水嶺の峠。瀬戸内海と日本海を分ける峠で、峠を越えると、江の川の支流、馬洗川の水系に入っていく。峠を下ったところで出会うのは馬洗川の支流、本村川の流れだ。
 本村川の両側には広々とした水田が広がっている。そんな水田地帯を走り抜け、庄原へ。ここでもJR芸備線の備後庄原の駅前でDRを停めた。

国道432号の峠越え

 庄原からは国道432号を南へと走る。まずは庄原市と総領町の境の粟石峠を越える。新道は2車線のトンネルで峠を抜けているが、ここには狭路の旧道も残っている。旧道を登りつめた峠の周辺は、一面のアカマツ林。峠の下りはさらに道幅が狭くなり、軽4輪がかろうじて1台、通れるくらいの狭さだ。
 総領町の中心、上市から国道432号をさらに南へと走り、上下町との境の峠を越える。ゆるやかな峠。名無し峠で、峠の上まで民家が見られる。
 上下町に入り、上下町の中心の上下へ。
 上下の市街地の中心が国道432号の3番目の峠になっている。上下の町は峠の真上ということになる。
 そこには「分水嶺地点」の案内板が立っている。
「上下峠」といってもいいその峠は、中央分水嶺の峠で、日本海と瀬戸内海を分けている。
 ところで「峠」という字は漢字ではなく、日本人の作った国字だ。山編に上下で峠だが、じつにうまい発想で作った字だとぼくはいつも思っている。上下の町名の由来も、この峠の字から来ているのではないかと推測した。
 上下からさらに国道432号を南下。川は日本海に流れ出る江の川の水系から、福山で瀬戸内海に流れ出る芦田川の水系に変わっていく。
 峠を越えてまた越えて…と、チマチマした造りの日本列島を象徴するかのような国道432号の峠越えだ。
 峠下のJR福塩線の備後矢野駅から3、4キロの矢野温泉へ。一軒宿の「あやめ荘」に泊まる。まずは温泉だ。
 広々とした浴室は立派なものだ。檜風呂があり、ローマ風呂があり、寝湯などもある。外には露天風呂。それらの湯船にひとつづつ入っていった。

カソリを悩ます吉備高原の峠

 翌日は峠の町、上下を出発点にし、県道27号で三和町へ。峠を2つ、3つと越えていくのだが、なにしろこのあたりは吉備高原、全体が高原の地形なので、どこが峠なのか、見極めるのがきわめて難しい。ニセ峠がいくつもあり、峠だと思ったところが峠でなかったりして、「峠のカソリ」をおおいに悩ませる。
 また峠にたどり着いても、その峠がどの川とどの川を分けているのか、それを見極めるのも難しい。というのは日本海に流れ出る江の川水系の上下川と、瀬戸内海に流れ出る芦田川の水系、さらに小田川の水系がまるでからみあうようにして、入り組んで流れているからだ。
 とんでもない世界に足を踏み入れてしまった…と、若干、後悔したが、逃げる訳にはいかない。
 全体になだらかな吉備高原の峠は、本州中央部のような険しい山脈の峠とは違って、キチッと世界を二分するような峠ではない。それだけになかなかわかりにくいのだが、同じ道を2度、3度走って、
「あー、そうなのか、こうなっているのか…」
 と納得するのがたびたびだった。
 上下町から三和町に入る。
 ここではおもしろい光景を見た。峠近くの道幅の狭い道で、すれ違いをしようとした車がハンドルを切りすぎて脱輪し、タイヤを側溝に落としてしまった。それを見た後続の車はさっさとバックし、Uターンして戻っていってしまう。このあたりの高原には、何本もの峠道が網の目のように張りめぐらされているので、迂回路がいくらでもあるのだ。
 これがたとえば、本州中央部あたりの峠道だと、こうはいかない。すぐ近くには迂回路になるような峠道などないからだ。峠道が限定された世界では、もし迂回するとなると、大きく迂回し、まったく別のルートを行かなくてはならない。
 そこに居合わせた人たちと一緒になって脱輪した車を持ち上げ、道路に戻しながら、ぼくはあらためて吉備高原の峠を考えてみた。
 三和町から油木町に入る。県道27号から国道182号に入り、北に行くと、油木町の中心の油木の町並み。そこも上下と同じように、峠の真上に町並みが広がっている。
「峠の町」油木から、「峠の町」上下に戻ったが、吉備高原は峠だらけだ。

馬洗川の流れに沿って…

 峠の町、上下からは国道432号で甲山へ。
 甲山町の中心、甲山に着くと、DRを停めて町を歩く。町の中央を芦田川が流れている。「今高野」といわれる龍華寺に参拝。境内には甲山温泉があって、500円の入浴料を払って湯につかった。
 気分をさっぱりさせたとこころで甲山を出発。ここからは国道184号で世羅に向かう。といってもすぐに世羅町の中心の本郷に到着。甲山から本郷までは、町つづきのようだ。
 国道184号は本郷の町並みを抜け出ると、ゆるやかな登りとなり峠に到達。なだらかな峠だが、この峠は瀬戸内海と日本海を分ける中央分水嶺の峠になっている。峠を越えると、江の川の支流、馬洗川の源で、国道の脇には溜池がある。
 吉備高原の一帯はしばしば水不足に悩まされるので、このような溜池があちこちにある。その水を上から下へ、水田の一段、また一段と落としていく。
 国道184号は馬洗川の流れに沿っている。馬洗川の流れを見ながらDRを走らせる。
 馬洗川の上流は戸張川と呼ばれている。まだ山間を流れるかわいらしい川だ。それが吉舎町に入るころには、かなりの川になっている。三次に近づいたところで、上下町から流れてくる上下川、中山峠から流れてくる本村川を合わせ、馬洗川はさらに大きな流れになって三次の町中で西城川を合わせ、江の川の本流に合流する。
 こうして馬洗川の流れを見ながら三次に戻ってきた。
 三次駅前でDRを停めると、来た道を引き返し、中央分水嶺の峠を越えて世羅から甲山に戻った。「甲山→三次」は40キロ。その往復なので80キロ、走った。

夕暮れの江の川の河畔に立つ!

「江の川の峠」もいよいよ最終ステージ。甲山から世羅の賀茂市へ。
 そこから県道52号で吉備高原の峠を越える。峠の近くには溜池。広々とした高原の風景。
「ここが峠かよ!?」
 これが峠に着いたときの第一声だ。
 これぞまさしく吉備高原の峠といったところだが、この峠も中央分水嶺の峠なのである。これが中国第一の川、江の川をとりまく世界なのである。
 なだらかな峠を越えて世羅町から世羅西町に入り、中心街の小国へ。
「小国」は日本各地にある地名だが、どこも小独立国を感じさせるようなところ。世羅西町の小国も、吉備高原の小独立国といったようなところだ。
 小国から豊栄へ。その間で越える峠も中央分水嶺の峠。峠には芸陽バスのバス停。そこには赤錆びたポールが立っていた。バス停名は「峠田」になっていた。時刻表を見ると、バスは1日2便しかない。


 豊栄に着くと、今度は国道375号で三次へ。「江の川の峠」、最後の峠を越える。このあたり一帯の吉備高原の峠には名前がついていない。国道375号の中央分水嶺の峠も名無しの峠。地元の人たちにとっては、どこも越えやすいなだらかな峠なので、峠の意識が薄いので峠名がついていないのだろう。
 峠を越えて江の川水系に入り、馬洗川の支流、美波羅川の流れに沿って走る。夕日が沈む頃、三次に戻ってきた。
 三次に到着すると、馬洗川と西城川の合流点に立った。
 つづいて江の川本流の可愛(えの)川との合流点に立った。
 三次盆地に集まってくるこれらの大きな川は、江の川という中国第一の大河になって日本海に向かって流れていく。夕焼けを映して、江の川は薄紅色に染まっている。堤防の上に停めたDR250Sも赤く染まっている。
 これにて「江の川の峠」の峠越え、終了!
 江の川を見尽くしてやったという満足感と、ひとつの旅が終った寂しさのからみあったような気分。夕暮れが迫ってくると、江の川に別れを告げる。
 三次ICで中国道に入り、中国道→名神→東名と夜通し高速を走りつづけ、神奈川県伊勢原市の我が家にたどり着いたときは、夜が白々と明けていた。


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